台湾では昨年、ゴールデンアワーに「台湾百合」というテレビドラマが40回にわたって毎晩放映され、大きな反響を呼んだ。戦後の台湾を占領した蒋介石政権の、台湾人へのすさまじい弾圧を描いたものである。中国国民党による台湾人への政治的な弾圧は、長い間タブーとされてきたが、その実態が多くの受難者や人権活動家などによって、近年掘り起こされている。
元「台湾の政治犯を救う会」主催による「台湾白色テロ受難者の話を聞く会」が、2005年9月24日(土)13時から18時まで、早稲田大学国際会議場第三会議室で開催された。生憎の雨模様だったが、会場は満員の盛況だった。
主催者代表の三宅清子さんは、当時滞在していた台湾で、白色テロに苦悩する台湾人に長い間支援の手を差し伸べてきた日本人である。まずその三宅清子さんが、どういう経過でこの問題に取組むようになったかを説明された。
続いて挨拶を求められた駐日台湾代表処の許代表は、「長い間の人権活動を評価され世界人権賞を受賞した千恵夫人の方が、自分よりこの会場に相応しい」と夫人の登壇を求め、ご自分は千恵夫人の日本語の挨拶を、台湾語に通訳する役割に回られた。独立運動に生涯を捧げられているお二人らしい姿だった。
その千恵夫人は、台湾の政治犯の救援に尽力した三宅清子さんの功績を称え、「先日、愛・地球博でシベリアの凍土の中にいたマンモスを見たが、つい十数年前まで台湾もシベリアの凍土のようであった。いまは民主化されて、自由な大地になった。今まで私たちは世界の人から救援の手を差し伸べられていたが、今は世界の虐げられている人々に、援助の手を差し伸べている」と話された。
その後、テレビドラマの要点が、会場で放映され、その「台湾百合」のモデルとなった 陳 勤 女史も講演された。彼女は1950年、国民小学校の教員をしていたとき、身に覚えの無い罪状で逮捕され、新婚49日目であったが、5年の刑に処せられた。獄中で妊娠を知り、子供の命を守るためあらゆる苦難に耐え、獄中で出産、育児もした。今は五人の子を持つ幸せな母親だ。
次が台湾紀行に老台北として登場する蔡焜燦氏の実弟・蔡焜霖氏である。蔡焜霖氏は昭和5年生まれ、台北一中在学中、動員されて塹壕掘りをしていたとき、部隊長から敗戦を知らされた。敗戦後は学校へ戻ったが、読書ばかりしている学生だった。高校のとき、そんな蔡さんを先生が読書会へ誘った。
高校を卒業するとき、兄は大学へ進学するよう勧めてくれたが、和洋雑貨店を裕福に営んでいた実家も、戦後のインフレで芳しくなかったので、役所勤めをすることにした。ある日役所へやってきた中国人に警察へ連行され、それから10年間、家へ帰ることはできなかった。たまたま警察で給仕をしていた知人の通報で、家族の知るところとなった。次兄の蔡焜燦氏も駆けつけてくれ、留置場の塀の外から、大声で「焜霖、焜霖」と呼んでくれていたのを覚えている。
台北の軍法処で懲役10年の判決を受けた。理由は高校のときの読書会参加であった。全くの無実である。放り込まれた刑務所が、またひどいところであった。3坪くらいの部屋に30人から40人が押し込まれ、寝るときはちょうど鰯の缶詰のように折り重なって寝た。部屋の隅に便器がある。新入りはその便器の側で寝なければならない。ひっかけられるので、ハンカチで顔を覆って寝た。
明け方は恐怖の時間であった。獄官の靴音で全員が眼を覚ます。その日の処刑者が全身を荒縄で縛られ、足かせをはめられて処刑場へ連れて行かれるのである。台湾紀行にある「幌馬車の歌」で送った鐘校長も、その一人である。中でも、劉という18歳の青年の処刑の朝のことが、忘れられない。彼の顔面は蒼白だったが、獄中の仲間一人ひとりと手を握り、「お世話になりました。皆様お身体を大切にしてください」と挨拶し、毅然と引かれていった。
10年のうち、台北に8ヶ月、緑島に9年6ヶ月いた。いろいろ勉強になった。いま思うとあれが私の大学教育であった。一緒に居た政治犯とは、互いに助け合った。石を砕いて自分たちを閉じ込める塀を作るなど、労働はきつかったが大自然の中で、軍歌などを歌って自らを励まし、生き抜いてきた。」
最後にTVドラマ「台湾百合」の製作にたずさわった陳建城氏が講演した。元は新聞社の記者だったが、228事件などの取材を重ねるうち、これを記録映画として残すことを決意したという。調査の過程で知った多くの過酷な物語を話してくれたが、一番印象的だったのは、日本ではとかく美談気味に伝えられる恐怖政治の元凶・蒋介石の残虐さであった。実態は大いに違っていたらしい。死刑囚の生前の写真と、処刑後の惨たらしい写真とを両方自分で見比べて、処刑されたのを確認していたというのである。
こうしたことが、つい十数年前まで台湾で行われていた。またこれと同じ残酷なことが、未だ中国大陸や北朝鮮で実行されている。私たちは、自由のありがたさを感じているだけでよいのだろうか。 (文責 kim123hiro)