すると、遠くから「お遍路さーん」と手招きしながら、小走りでかけよってくる年配の女性が見えた。 近道でも教えてくれるのかと思って近づくと、「休んでいってください」と言って、わざわざ自宅まで連れて行ってくれた。
疲れていたので、喜んでお邪魔した。表札には「正木マサコ」と書いてあった。
少し後から歩いてきたお遍路さんも合流して三人でお接待を受けた。
しょうが糖湯とぽんかんとハブ茶をごちそうになった。
「あとの人生は、反省しながら生きていきたいと思っているんですよ。そして、死ぬ時には、いい人生だったと思って死ねるような、そういう生き方をしていきたいと思います」。
「今は通院中ですが、お大師様に生かされているのは、人のために何かしなさい、ということだと思っています。人にしてさしあげることはたやすいが、していただくことは難しいと思います。わたしは、してさしあげることに幸せを感じるんですよ」。
「長い間看護婦を務めて、最後の13年間は、体の不自由な方々のお世話をさせていただきました。おかげで、自分を少しは見つめることができるようになったと思います」。
「大切なのは、人と人との信頼関係だと思います。決してお金じゃありません」
こうした話をおだやかなまなざしで淡々と語ってくれた。
とても慈愛に満ちたやさしい人だった。
こうした人びとの支えがあったからこそ、歩き遍路が存在し得たのだと思う。
私はお接待を通して心を学ばせていただいている。
自分と向き合いながらの一人歩きも、多くの人との出会いも、
ともに心の修養を積ませていただいている―― そう思う。
ありがたいことだ。
疲れていたので、喜んでお邪魔した。表札には「正木マサコ」と書いてあった。
少し後から歩いてきたお遍路さんも合流して三人でお接待を受けた。
しょうが糖湯とぽんかんとハブ茶をごちそうになった。
「あとの人生は、反省しながら生きていきたいと思っているんですよ。そして、死ぬ時には、いい人生だったと思って死ねるような、そういう生き方をしていきたいと思います」。
「今は通院中ですが、お大師様に生かされているのは、人のために何かしなさい、ということだと思っています。人にしてさしあげることはたやすいが、していただくことは難しいと思います。わたしは、してさしあげることに幸せを感じるんですよ」。
「長い間看護婦を務めて、最後の13年間は、体の不自由な方々のお世話をさせていただきました。おかげで、自分を少しは見つめることができるようになったと思います」。
「大切なのは、人と人との信頼関係だと思います。決してお金じゃありません」
こうした話をおだやかなまなざしで淡々と語ってくれた。
とても慈愛に満ちたやさしい人だった。
こうした人びとの支えがあったからこそ、歩き遍路が存在し得たのだと思う。
私はお接待を通して心を学ばせていただいている。
自分と向き合いながらの一人歩きも、多くの人との出会いも、
ともに心の修養を積ませていただいている―― そう思う。
ありがたいことだ。