(中)押し寄せる漂着ごみ 「何回やっても同じこと」続く堂々巡り
かつて対馬の海付=うみつき=(海沿い)に春の訪れを告げる風景があった。肥料にするため、漂着した寄藻(よりも)を拾う姿があちこちで見られた。打ち上がる海藻は離島暮らしを支える貴重な資源でもあった。
いまその春の風物詩は見られない。寄藻を保管していた藻小屋が残る木坂海岸は朝鮮半島と相対している。海岸には無造作にドラム缶やテレビが転がる。ミネラルウオーターのラベルにはハングル。「~夫山泉」と中国語が書かれたペットボトル。対馬は海流に乗った漂流物が朝鮮半島や中国から大量に打ち上げられている。大気中の微小粒子状物質「PM2・5」だけでなく、海も大陸から侵略に脅かされている。
第7管区海上保安本部(北九州)の対馬海上保安本部では、巡視船が昨夏、沖合で異様な光景を発見する。海一面に10メートル四方の養殖いかだが漂っていた。
次々と流れてくる。波に隠れるかのような、いかだは船からは見えにくい。船舶の航行に危険な「航路障害物」と判断し、いかだを曳航し、対馬市に引き渡した。「漂着物に船が接触すれば事故の恐れもある。他の海域にはない悩みの種になっている」。対馬海上保安部の廣川隆部長は説明する。
日本に押し寄せる漂着ごみは年間約15万トンとも言われているが、「体系的な統計はない」(環境省海洋環境室)。漂着ごみは海流に乗り世界を巡るが、国際的な処理の枠組みも存在しない。仮にどの国の誰かが特定されたとしても所有権を放棄されれば「処理費の請求もできず、個別交渉になる」(同)とされる。
その結果、処理費を浮かそうとする海での不法投棄も後を絶たない。海保によると、平成24年に日本の周辺海域で確認された海洋汚染は400件。なかでも、対馬などの日本海沿岸は深刻だ。廃棄物による海洋汚染は、本州南側は4件なのに対し、日本海側は九州と合わせると計35件と突出。漂着ごみに、不法投棄…。廣川部長は「日本海側は厳しいのは確か。大陸との間に浮かぶ対馬の宿命なのでしょうか」と話す。
対策として、平成21年には海岸漂着物処理推進法が施行され、漂着ごみの処理が管理者に義務づけられた。自治体などには重い負担となるが、国は基金などを通して財政支援する。対馬市も約8億円の支援を受け、海岸の一斉清掃を実施、22年度1万4911袋、23年度9098袋ものごみを回収した。人口3万5000人の島にとって、考えられない大量のごみの山だ。「日本列島の漂着ごみの防波堤になっているんですよ」。対馬市で漂着ごみ問題を担当する一宮努係長(45)はふるさとの島をこう表現した。「中国や朝鮮半島からのごみ処理に税金が使われるのは納得できない」という意見もある。
随時清掃を行っているが、漂着ごみが絶えることはない。「何回やっても同じこと。島からごみがなくなることはなか」と漁師の槙野忠実さん(49)。漁船がドラム缶とみられる漂流物に乗り上げ、転覆しそうになったこともある。「だれに文句いえば、よかとか」。魚を選別しながら吐き捨てるように言った。(森本充)
■航路障害物 船舶の航行の妨げになるような木材や工作物など。海上保安庁では、事故防止のために、回収して自治体に引き渡すなどの除去も重要な任務の一つに掲げ、発見者への通報を促している。対馬海上保安部では23年4月に全長4メートルの浮標を揚収。その後、韓国から流れついたと判明し、韓国巡視船に洋上で引き渡した。東日本大震災の際、海保は津波で沖に流出した計1万2372・9立方メートルの漂着物を回収、運搬した。
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韓国までの距離は、わずか50キロの長崎県対馬。古代から「防人の島」である。韓国との排他的経済水域(EEZ)境界の領海警備のため、厳原(いづはら)港から出港した海上保安庁の巡視船「あさじ」に同乗取材した。
国際捜査官も乗船
波高1~2メートルと玄界灘にしては穏やかな海が広がっていた2月下旬。「絶好の漁環境。ということは、日本側で不正に漁をする韓国船に注意が必要となる」。河野晃二船長(49)は自らに言い聞かせるように言った。
対馬海上保安部は比田勝海上保安署と合わせ、6隻の巡視船艇が配備される。195トン、速力35ノットのあさじは昨年3月に就航したばかりの最新鋭船だ。
「プサン」「ヨス」「トンヨン」…。あさじ船内には計18に上る韓国の港の読みを記したボードが随所に掲げられている。船尾に書かれた船籍港を確認する際に使用される。乗組員には韓国語を扱う麻生隼也国際捜査官(27)も乗船している。同捜査官の巡視船乗船はめずらしく「特異な海域」(海保幹部)ということを物語る。
麻生捜査官は平成13年の北朝鮮工作船沈没事件の映像を見たことが契機で、危険を顧みず国を守る海上保安官の姿にあこがれた。自らも対馬で語学を学び、捜査官になった。「不正に厳然と対峙(たいじ)し国を守りたい」。現代に生きる防人ともいえる。
南下を続けるあさじがEEZ境界に差し掛かったとき、レーダーの1点に航海士の目がくぎ付けになる。画面上に引かれる赤いEEZの境界ギリギリに黄色の小さな点。「まったく動いていません」。違法操業の疑いが濃厚だ。「速度8ノット、目標まで3マイル」。航海士の報告が船内に響き、緊張が走る。河野船長は双眼鏡を手に取り、じっと前を見据える。
「おるな」
レーダーで巡視船警戒
好漁場を狙う密漁船は確実に存在するが、摘発は年々困難になっている。対馬海上保安部によると、外国漁船の摘発は平成20~22年はゼロ、23年1隻、24年3隻にとどまる。全国的に見ても傾向は同じ。22年3隻、23年11隻、24年7隻と極めて少ない。「韓国側の取り締まり強化もあるが、レーダーなどの発達の影響も大きい」。海保幹部は説明する。
船舶の航行の安全を期すため、大型船舶にはAIS(船舶自動識別装置)が設置されている。国際海事機関(IMO)の決議を受け、平成20年7月に完全義務化された。レーダーで、船名や行き先など大型船が発するAISの情報を入手できる。だが、巡視船は職務性質上、情報を発していない。「相手はレーダーで巡視船の停波を見ている」。河野船長は確信していた。
密漁船は高性能レーダーを搭載する。巡視船のように情報を発していない船影を無数に点滅するレーダーの点の中から見極め、その点の動向を監視しながら違法操業を行う。点が近づいてくると、網を引き揚げ、日本側EEZから即座に退去する。この繰り返しだという。
あさじはレーダーで捉えた船影に接近する。肉眼で確認できる位置まで近づくと、やはり韓国漁船だった。アナゴやカレイなどが獲れる時期、高くアンテナを張り巡らせた漁船は網を入れ、まさに漁の真っ最中だった。
存在を誇示する
漁船の位置はEEZ数マイル圏内。ただ、ギリギリで日本側には入っておらず、所持していた携帯電話には韓国側基地局に変わったことを知らせるメールが届いた。周囲には、僚船など不審な船影もない。あさじは船首を北に向けた。「こうして巡回し領海警備を行っている海域だと存在を示すことも重要になる」と河野船長。巡視船が領海警備を誇示することが日本の海を守ることにつながる。
あさじは昨年5月、韓国漁船を摘発した。深夜、レーダーにEEZの境界をまたぎ韓国側から深く日本側に入る不審船があるのを麻生捜査官が発見。不審船に悟られないようにジグザグに航行、時には操業中の漁船を模し停船する。徐々に距離を詰め最後は強行接弦し、韓国漁船を取り押さえた。
船には船長以下8人が乗船、30~40個のアナゴの籠もあった。ただ、実際の漁をしている現場を取り押さえることはできなかった。立ち入り検査拒否では立件できたが、操業法違反などには問えず、無念の思いだったという。
無許可操業での摘発は昨年は全国でわずか2隻しかない。
「豊かな海、国益を守るのが海上保安官の任務。そのためには警戒する相手の裏をかくしかない」と河野船長は言った。国境の海ではしのぎを削る静寂な戦いが繰り返されている。
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韓国と一衣帯水にある対馬。密漁船とのせめぎ合いに加え、大陸から忍び寄る海洋汚染の脅威に最前線でさらされ、韓国人観光客も急増する。国境の島の現状と海上保安庁の闘いを追う。(森本充)
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