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子どもの健康と化学物質曝露

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子どもの健康と化学物質曝露
河原 純子

はじめに

今年2月にドバイで国連環境計画(UNEP)が主催の国際化学物質管理会議が開催され,子どもや胎児を将来の生命を損なう化学物質から守ることを含めた化学物質管理目標が発表されました。環境中の危険因子から子どもを守ろうとする世界的な動きの背景には,近年の子どもの呼吸器系疾患や免疫系,神経系の疾患の増加に対する懸念の高まりや,化学物質に対する特異的な脆弱性を示す科学的知見が得られ始めたことなどがあります。
本稿では,世界における子どもの環境保健政策推進の経緯と,子どもの化学物質に対する脆弱性の要因について紹介します。

子どもの環境保健への取り組みの経緯

米国は早くから子どもの環境保健政策に着手した国であり,今日の世界各国における政策を牽引したといっても過言ではありません。米国では1980年頃から,子どもの鉛や水銀曝露,学校環境におけるアスベスト対策など,環境中の化学物質が子どもに与える影響に対し社会の関心が向けられていました。そして1993 年に米国科学アカデミーが報告書Pesticides in food of infant and children(子どもの食物中の殺虫剤[筆者仮訳])において,子どもの脆弱性を考慮した農薬安全基準設定の必要性を勧告したことをきっかけに,子ども環境保健政策が一気に進みます。1996年には食品保護法が改正され,子どもの健康に対する安全性が認められない限り,農薬その他の化学物質の残留基準に1/10の安全係数を設けることが定められました。
また1997年にはクリントン大統領が大統領令に署名し,小児喘息や傷害,ガン,発達障害への対応を重点課題とする作業部会を設置するとともに,省庁連携の下で子どもの健康リスク削減を目的とした保健活動や研究基盤整備が行われました。現在米国には12の研究センターが設置され,子どもの呼吸器疾患や発達障害に関する基礎研究や疾患予防のための研究が行われています。
米国における子どもの環境保健政策推進の開始と同じ頃,1997年に開催されたG8環境大臣会合では,鉛やたばこの副流煙,内分泌かく乱化学物質などの環境要因から子どもの健康を守ることを優先課題とし,取り組むことが宣言されました。その後欧州連合は2002年にWHOと共同で子どもの健康と環境に関するレビュー書を発表したほか,2004年に開催された欧州環境保健首脳会議では,子どもの胃腸疾患や呼吸器疾患の削減などを優先目標とする行動計画がまとめられました。そして日本では,今年8月に子どもの環境保健への対応策と研究推進の方向性についての提言が環境省から発表されました。

子どもの脆弱性の要因

子どもの脆弱性には,発達中の細胞の障害に対する修復能力の限界や,発達期特有の行動や食習慣が原因で生じる特異的な化学物質曝露形態が影響すると考えられています。また最近では,子どもはある時期まで化学物質の有害性に対する防御機構が備わっていないことも明らかになってきました。

障害の不可逆性

子どもの脳は生後2年間で急速に発達し,脳の細胞数は2歳までに成人の75%にまで達します。この期間の中枢神経系は構造的な障害に対する修復機能が限られているため,鉛や水銀などの化学物質に曝露することによって脳細胞の破壊や神経細胞間の結合の不形成が生じた場合には,知能障害や行動異常が引き起こされる可能性もあります。

泣きっ面にハチ? 未熟さと化学物質曝露のタイミング

子どもに特異的な行動や食習慣も化学物質曝露の量や頻度を高める要因となります。例えば子どもが手や物を口に入れるハンドトゥマウス/オブジェクト行動は1歳から3歳頃にかけて頻繁に見られます。この行動は子どもの知覚の発達などに重要な意味を持つ一方で,土やハウスダストなどを介した化学物質曝露を生じさせます。米国では1980年代に子どもの血中鉛濃度の上昇とそれによるIQ(知能指数)の低下が問題になりました。
この血中濃度の上昇には家屋に使用されていた有鉛塗料(1970年半ば頃まで広く使用されていた)の剥離片を,子どもが摂取したことが原因であることが明らかになりました。当時複数の調査で,子どもの血中鉛濃度は2歳頃にピークを向かえ,以降は発生源を絶つなどの曝露予防を行わずとも濃度が低下するという結果が得られているのには驚きです。米国では1990年以降,家屋の内外における有鉛塗料の塗装の劣化や磨耗面積,床面や土壌中の鉛濃度に対する基準を設けるなどの措置がとられた結果,1978年に血中鉛濃度の高い子どもは300~400万人程いましたが2002年には30万人にまで減少しました。
子どもの体内における化学物質の吸収や排泄,輸送の違いも脆弱性に寄与する要因として挙げられます。成人の消化管における鉛の吸収率は10%程であるのに対し,1~2歳児の吸収量は50%程であることが分かっています。このほか,乳児期は成人に比べて,化学物質の体外排泄率や,血清アルブミンとのタンパク結合が低いことが分かっており,体内における化学物質曝露に影響を与えている可能性があります。

化学物質の解毒機能の未熟さ

最近の研究では,子どもの体内における化学物質の代謝機能の未熟さが脆弱性に影響していることも明らかになってきています。現在世界中で用いられている有機リン系殺虫剤の一部には脳の発達に影響を及ぼす作用があることが明らかになっています。ファーロン博士らは,農業地域の妊婦とその新生児を対象に有機リン系殺虫剤の代謝能力の差異を調査した結果,有機リン系殺虫剤が体内で酸化されてできるオキソン体(毒性あり)を代謝する酵素の産生量は,生後まもなくの子どもでは母親の4分の1程度しかないことを報告しています。
図 子どもの化学物質に対する脆弱性の要因(発達と化学物質曝露のタイミング)
   図 子どもの化学物質に対する脆弱性の要因(発達と化学物質曝露
     のタイミング)

      筆者作図(環境省小児の環境保健に関する懇談会報告書にて公表)
      (図を各拡大)

今後の展望

子どもの化学物質に対する脆弱性には以上のような複数の要因が重なって影響しているものと考えられていますが,この「脆弱な集団」を含めた集団のリスクをどのように評価すべきか,あるいはどのようにリスクを削減するかを議論していくには,さらなる知見の集積が求められます。現在,環境リスク研究センターでは子どもの化学物質に対する曝露やヒトの感受性の要因に関する研究が行われています。今後,子どもと成人の間にある,化学物質への曝露や感受性の量的あるいは質的な差異に関するより多くの知見が得られることを期待したいと思います。
(かわはら じゅんこ,環境リスク研究センターNIES特別研究員)


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