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[転載]中国の「ガンの村」で考える

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中国の「ガンの村」で考える

2010年エネルギー・環境問題
「北京オリンピックの時だけ青空」でいいのか

“50年代には米も研げたし野菜も洗えた、60年代には洗濯もできたし灌漑もできた、70年代には水質が悪くなり、80年代には魚蝦(ぎょか)が絶滅し、90年代には下痢が続いてガンになった・・・・・・” 

河が汚れていく・・・哀しみを込めた流行歌

 これは水質が年々悪化する「淮河」(わいが)の変わりゆくさまを物悲しく描写した流行歌(はやりうた)で、淮河流域の民衆の間に広く流布しているものである。中国の河南省南部に源を発する淮河は、安徽省を経由して江蘇省に入り「洪沢湖」(こうたくこ)を形成した後に黄河と長江(=揚子江)に注ぐ、全長1087キロメートルに及ぶ中国第3の大河である。淮河流域は中国の河川の中で水質汚染が最も著しいと言われて久しく、かつての清らかな流れはその70%以上が「劣5類」(=国家水質基準で汚染度が最も高く利用不能)と判定されている。

 淮河最大の支流である「沙潁河」(さえいが)は、河南省牛伏山区に源を発し、下流の安徽省まで40以上の都市を経由して流れる全長620キロメートルの河川で、その流域は面積4万平方キロメートル、人口は約2400万人である。その中流域にある河南省沈丘県周営郷の「黄孟営村」は「ガンの村」として中国全土に知れ渡っている。

メディアが注目する「ガンの村」

 黄孟営村の人口は2140人であるが、過去10年以上にわたって新兵募集の体格検査に合格して兵隊になった者は1人として無く、41人が先天性異常児として生まれており、出産適齢の夫婦のうち不妊・不育(=妊娠しても胎児が育たず、流産・死産・早産・新生児死亡となること)が半数以上を占めている。
 黄孟営村で最初のガンによる死亡が確認されたのは1986年であったが、その後消化器系統のガンによる死亡が増大した。統計によれば、1990年から2004年までの15年間に黄孟営村で「ガン」による死亡と確認された村民の数は118人で、同村の死亡原因の54%を占めている。この極めて高いガン死亡率が黄孟営村に「ガンの村」という不名誉な称号を付与し、長年にわたって中国メディアの注目を集めて今日に至っている。

2006年11月に周口市を流れる沙潁河で発生した汚染の白い泡

 黄孟営村の上流域には大小様々な紡織・染色、皮革、製紙などの小規模企業があるばかりでなく、沈丘県が隣接する項城市には中国最大の化学調味料生産企業「蓮花味精」(従業員:1.6万人)の工場もあり、これらの工場の廃水はほとんどが未処理のまま沙潁河へ排出されていると言われている。
 淮河流域で最大の汚染源は「蓮花味精」であることは知らぬ者がない事実だが、地元政府にとって「蓮花味精」は最大の納税企業であり、環境対策強化の指導を手控える結果につながっている。ある情報によれば、「蓮花味精」規模の工場が汚水を未処理で排出すれば1日で10万元(約150万円)の経費節約になるという。

 このように種々の工場廃水で汚染された沙潁河は水の色を濃褐色に変えて黄孟営村を経て流れ下る。黄孟営村の水路にはその沙潁河の水が引き込まれているが、黄孟営村には大小16の溜池、20ヘクタールの水域があり、これらが村の総面積の20%を占めている。
 個々の溜池の間は水路が縦横に走り、沙潁河につながる3本の大きな水路が村全体を囲んでいる。村の水路や溜池は流入する汚染された水で富栄養化し、この結果として大量繁殖した毒素を発生する緑色の「藍藻」(=アオコ)で埋め尽くされている。

製紙工場の廃水が原因か

 黄孟営村を「ガンの村」に変えた水汚染の主体は、硫化水素とダイオキシンであると言われており、特に製紙工場から排出される廃水に含まれるダイオキシンの濃度はかなり高いもようである。かつては浅井戸から生活用水を賄っていた村民たちだが、その井戸水すらも飲料として使えなくなり、今では深井戸に頼るしかなくなっている。しかしながら、その深井戸の水ですらも、「洗い物には使うけど、怖くて飲めない」というのが実態である。

 沈丘県の衛生部門の統計によれば、同県における1972年のガン発症率は1/10万(人口10万人につき1人)0であったが、現在では320/10万に達しており、中国国内で最高であるのみならず、世界のガン発症率トップの国よりもさらに高い数字を示している。黄孟営村のみならず近隣の孫営村(403戸、人口1663人)でも、非公式な統計ながら、1990年から今日までにガンで死亡した村民は186人に達しており、沈丘県におけるガンの高発症率は由々しき状況にある。
 中国のメディアは項城市から沈丘県、さらには安徽省西部にかけての淮河流域には10以上の「ガンの村」が存在すると報じているが、地元の環境運動家によれば沈丘県一帯だけでもガン発症患者が100人以上いる「ガンの村」は20カ所以上を数えることができるという。

 筆者は2007年7月に淮河が流れる安徽省蚌埠市と淮南市を訪問してきた。7月は梅雨の季節に当たり、増水した淮河は茶褐色の濁流となっていて、淮河の汚染を確認することはできなかった。蚌埠市の住民たちに淮河の水質について尋ねてみたが、彼らの答えは一様に「数年前よりは多少良くなったように思える」とのことであった。

 しかし、2007年7月3日、国家環境保護総局は“長江、黄河、淮河、海河の4大流域において、水汚染が深刻で、環境違法行為が際立っている6市・2県・5つの工業区に対して「流域における新規事業の承認規制」を実行する”旨を公布したが、この対象地域には淮河流域として河南省周口市、安徽省蚌埠市が含まれていた。淮河の汚染状況は依然として深刻な状況にあるようだ。

 ガン発症の増大は上述したような「ガンの村」に限ったわけではない。2007年6月14日付の週刊誌「瞭望東方週刊」によれば、北京市のガン専門病院である「北京腫瘤医院」<「腫瘤」=腫瘍(しゅよう)>の年間外来診療総件数は、1997年には4万5167件であったが、6年後の2003年には2倍強の9万8423件となり、その3年後の2006年には3.5倍弱の15万5242件に達している。注目すべきは外来診療件数の急増とそれに要した時間の急激な短縮である。

悪性腫瘍による死亡率が上昇

 2007年5月8日、中国衛生部は2006年の都市部住民の主要死亡原因を発表し、悪性腫瘍(=ガン)が脳血管疾病を超えて死亡原因の第1位となったと表明した。さらに、「全国の30都市と農村部の78県における死亡原因統計」によれば、2006年の悪性腫瘍による死亡率は前年比で都市住民が18.6%、農村住民が23.1%とそれぞれ上昇を示している。

 衛生部は1975年、1992年、2002年の3回にわたって大規模な悪性腫瘍に焦点を合わせた死因調査を行っている。これは1974年に自らが膀胱ガンであることを知った周恩来がガン患者の苦痛を念頭にして、衛生部に対して全国のガン発症・死亡状況の調査を指示したことに起因する。

 これら3回の調査時期はそれぞれ「全面的な工業化以前」「全面的な工業化の開始」「急速な工業化の時期」に合致していることは興味深い。3回の調査結果は、悪性腫瘍による死亡率が1975年に99.5/10万であったものが、1992年には124.46/10万となり、2002年には148/10万にまで上昇していることを示している。30年間で中国の悪性腫瘍の死亡率は50%近く上昇したのである。

肺癌は30年間で死亡率が500%増加

 ところで、30年間に死亡率が500%も増加したのが、環境汚染や化学品の使用と密接な関係にある肺ガンである。肺ガンによる死亡率は、1975年には男性が6.82/10万、女性が3.20/10万で悪性腫瘍の死亡率第4位であったが、1992年には男性が29.20/10万、女性が11.72/10万となり同死亡率は第3位となった。2002年には男性が35/10万、女性が14/10万となり、中国における死亡率第1位の悪性腫瘍となった。

 中国における悪性腫瘍の急増は工業化と密接に結びついている。第3回調査の結果は、工業化が住民の生活水準を向上させたことにより、胃ガン、食道ガンなどの“貧困型ガン”は発症率・死亡率共に30年来減少あるいは同一水準維持の傾向にあるが、肺ガン、乳ガン、すい臓ガン、大腸ガンなどの“富裕型ガン”が急速に増大しているとしている。

 だが、中国におけるガン患者の急増は急速な工業化に伴う生活水準の向上によるものだけであろうか。それ以上に大きな要因は国民の健康を蝕む急激な環境汚染と考えるのは筆者だけではないと思う。

2010年までの5カ年計画は画餅になりかねない

 大気汚染、水汚染、土壌汚染、酸性雨などなど、憂うべき環境汚染は中国国内に蔓延し、その影響は近隣の日本・韓国だけでなく遠く米国にまで及んでいるという。2008年8月の北京オリンピック期間中だけ北京に青空をもたらすという付け焼き刃的な環境対策ではなく、産業優先から環境優先への抜本的な転換を猶予すべきではない。

 中国政府は「第11次5カ年長期計画」(2006~2010年)で、5年間で「エネルギー単位消費量の20%低減」(年間4%)、「主要汚染物質排出総量の10%減少」(年間2%)を拘束性のある目標値として設定したが、2006年は年間の目標値を達成できておらず、このままいけば目標値は絵に描いた餅となりかねない。シェークスピアのハムレットに倣って言えば「産業優先か、環境優先か。それが問題だ」となるが、2010年の時点で中国のガン患者がさらに増大しないという保証はどこにもない。

 筆者は1985年に初めて中国に足を踏み入れて北京に駐在したが、それから既に22年間を経過した。この間におつき合いさせていただいた中国の役人やビジネスマンがどれほどガンで亡くなっただろうか。あの顔、この顔、懐かしい顔が浮かんでは消える。

転載元: アジア・太平洋貿易振興・環境保全・環境産業振興・歴史認識


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