世界における水ビジネスの現状
世界の水ビジネス市場は、産業競争力懇談会によると、2025年には100兆円規模になると見込まれており、2005年~2030年の間に22.6兆ドルの水インフラ投資が発生すると予測されています(図4-3-1)。その中で、日本が得意とする膜の素材供給の市場規模は約1兆円にしかすぎず、膜のエンジニアリング、調達、建設等の浄水設備市場の規模は約10兆円であり、これに対し、水ビジネス市場全体は、取水、導水、浄水、配水等の施設管理や事業運営などのマネジメント分野が占めています。わが国は、技術面ではすぐれたものをもっているのですが、マネジメント分野の市場への進出事例はごく限られたものとなっています。しかしながら、ヨーロッパやアジアの企業が活躍している現状を踏まえ、日本においても、この巨大で有望な市場に積極的に参画していくことが望まれます。わが国は、すぐれた汚水処理技術や漏水防止技術など環境保全や資源の有効活用に効果的な技術があります。今後、産学官の連携を深めながら、水ビジネス分野における取組をいっそう進めていくことが必要です。
2 日本が世界にできること
世界中で常に水ストレスに悩んでいる国々に比べると、日頃から比較的自由に水を使えるわが国は、ともすれば水に対する危機意識が希薄になりがちです。しかしながら、1節4で見たとおり、わが国の社会経済活動は、国内で消費するのと同じくらいの量の水を世界に依存していることを忘れてはなりません。日本としては、世界の国々に対して積極的に国際貢献を果たしていくことが、水の安定供給という面から不可欠であり、自分たちの日常生活を守ることにつながることに気づかなくてはなりません。
それでは、日本は世界の国々に対してどのような貢献ができるでしょうか。日本はかつて、深刻な公害にみまわれた時期がありましたが、それらを一つひとつ克服する過程において培った知識と技術は、他国にないものであり、そうした経験は、途上国における技術移転や人材育成の分野に大きく貢献できるに違いありません。また、そうした日本のすぐれた技術・経験を活かした取組を官民一体となって行うことで、ビジネス機会の拡大に大きく貢献するものと期待されます。わが国は、これまで、水道分野においては、水道事業体及び水道産業がODAによるインフラ整備を通じて、関係の深い各国に貢献してきましたが(表4-3-1)、これからは、ODAの枠を超えて水道産業界が国際競争力を向上させ、海外での事業を拡大し、さらなる国際貢献を行っていく必要があります。
水のインフラ整備が進む開発途上国では、施設建設後の維持管理や健全な経営のための事業運営に関するニーズが高い状況が見られます。しかし、日本の水道事業は、長年公営企業体が担当してきたため、民間企業は、施設の設計・建設等の要素技術を持っているものの、総合的な施設の維持管理や運営のノウハウの蓄積が限られ、国際競争入札での資格要件を満たさないことがあります。実際、日本のODAで整備した水道施設について、その維持管理と運営を民間企業に任せる段階では欧米企業が参画し、日本企業は近年の動きに即応できていない状況があります(図4-3-2)。
日本の高い技術とノウハウを世界に展開するためには、水道事業を行う地方公共団体の有する維持管理と事業運営のノウハウを民間企業へ移転していく必要があり、官民の連携が不可欠です。
3 日本の技術力
例えば、アジアの都市部では、大量の下水汚泥がそのまま埋立て処分されていたり、生ゴミなどの廃棄物も焼却されずに埋め立てられ、衛生上の問題が生じているところがあります。これらはメタンガスの発生源となるため、汚泥やゴミの減量、リサイクル、メタンガスの回収を行い、二酸化炭素排出削減につながる事業とすることができればCDMクレジットを生み出すことができます。水処理から、エネルギー回収まで、日本のバイオリサイクルの技術はすぐれており、水の適切な処理、バイオマスの資源化、バイオマス発電といった一連の施設を建設し、運営するというビジネスモデルは、今後の発展が期待されます(図4-3-8)。水処理技術の分野において、日本は世界でもトップクラスの技術を有しています。特に、海水淡水化用の膜技術では、世界で約7割のシェアを有しており(図4-3-3)、あるメーカーのRO膜の出荷量をみると、平成21年3月までに、世界26の国と地域で合計100プラントに採用され、膜を使っている施設の累積造水量が日量1,500万m3超(6,000 万人超の生活用水に相当)に達しています(図4-3-4)。また、このメーカーが試算したところでは、従来の海水淡水化の方法で主流を占めていた蒸発法に比べると必要な熱・電力等のエネルギーが5分の1以下となります。RO膜の普及が2010年からの5年間の増加と同程度で進むと、2020年頃の二酸化炭素削減への貢献は約1億トンと見込まれています(図4-3-5)。
また、1970年代からRO膜法の技術開発を継続してきた結果、造水時のエネルギー消費は約6分の1になっており、蒸発法とのコスト比較でも下回るようになっています。このように、地球温暖化対策と水質改善のコベネフィット効果に期待が寄せられています。(図4-3-6)。
そのほか、地下水のもつ熱ポテンシャルに着目したヒートポンプの技術や、排水処理の分野で力を発揮する浄化槽技術など、世界の水インフラ整備に大いに貢献できる幅広い技術を日本は有しています。ヒートポンプとは熱媒体や半導体等を用いて低温部分から高温部分へ熱を移動させる技術をいい、身近なところでは冷蔵庫やエアコンに利用されています。このヒートポンプの熱源として、年間を通して温度が安定している地下水を利用する技術において日本の企業は世界でも優秀な技術を有しています。浄化槽については、公共下水道、農業集落排水施設、コミュニティ・プラントなどが整備されていない地域でトイレを水洗化するときには合併処理浄化槽の設置が義務づけられていますが、現在では国内で1割弱程度普及しています。合併処理浄化槽は微生物の働きを利用して家庭からの生活排水をきれいにするものですが、適切に処理された放流水を地域に還元するなど、自然環境を守る役割からも、その重要性が認識されています。
しかしながら、これら世界でもトップクラスの技術を有しているわが国ですが、世界の水ビジネス市場での活躍はこれからの課題です。わが国が世界の水ビジネス分野で発展していくためには、2で述べたように、官民の連携を進める必要があります(図4-3-7)。
世界の水メジャー
上下水道事業の民営化の促進や既存施設の維持・管理及び運営など、水ビジネスの市場は今後拡大していくことが予想されますが、現在、世界における上下水道民営化市場においては、「水メジャー」と呼ばれる一部の複合企業(コングロマリット)が、その圧倒的シェアを占めています。
フランスのヴェオリア社は、1853年水供給会社として設立されたジェネラル・デ・ゾー社を前身とする企業で、その中で総合水事業を展開するヴェオリア・ウォーターは、2008年末現在、給水人口8,050万人、浄水処理施設5,176か所を有しています。
同じくフランスのGDFスエズ社は、1880年、フランス・カンヌにおける上水道事業を開始した会社です。1997年、Compagnie financiere de Suezと合併し、スエズ・エンバイロメントに社名を改称しました。2008年末現在、給水人口7,600万人、浄水処理施設1,746か所を有しています。
テムズ・ウォーター社は、1980年代、イギリス政府が電気、ガス事業に続いて上下水道市場においても規制緩和を行った際、ロンドンのテムズ水道局を母体として生まれました。100パーセントに及ぶイギリスの民営化水道事業を一手に引き受ける巨大企業であり、海外にも進出しています。
以上3つの企業だけで、世界中の民営水道による給水人口の約8割を占めているといわれています。
これらの企業がここまでシェアを拡大した理由の一つには、自国政府からの後押しの存在が大きく関係しているといわれます。特にフランスでは、当時のシラク大統領が「世界の水ビジネスのトップセールスマン」とも呼ばれるほど、海外の水ビジネスへの参入に力を入れていたといわれています。
まとめ
地球上の、有限で偏在している水の保全に、わが国が果たすべき役割を考察しました。恒常的に水ストレスの状態にある国々に比べるとわが国は、すぐれた給水技術・システムのお陰で生存や生活に直結する資源としての水に対する有りがたさや意識が希薄になりがちです。しかし、わが国の経済社会活動は、国内で消費するのと同程度の水を世界の水に負っていることも忘れてはなりません。
このことについては、わが国のすぐれた上水供給や汚水処理技術を、知的所有権に十分配慮しながら、適切に活用することで世界の衛生的な水の確保の問題解決に貢献することが出来ます。もとより国際社会においては、水もまたビジネスの対象であり、わが国の有する技術より劣るものであっても価格面での競争力が強かったり、要素技術より遙かに巨大な水処理システムの維持・管理市場で日本はあまり実績がなかったりするなど、わが国の水ビジネスを巡る状況に楽観は禁物です。
しかし、良好な萌芽も見られるところであり、関係者の連携と政府の一層の後押しによって、水環境の保全と水ビジネスの振興を世界規模でさらに進めていく必要があります。