人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律
(昭和四十五年十二月二十五日法律第百四十二号)
(昭和四十五年十二月二十五日法律第百四十二号)
第一条
この法律は、事業活動に伴つて人の健康に係る公害を生じさせる行為等を処罰することにより、公害の防止に関する他の法令に基づく規制と相まつて人の健康に係る公害の防止に資することを目的とする。
工場又は事業場における事業活動に伴つて人の健康を害する物質(身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質を含む。以下同じ。)を排出し、公衆の生命又は身体に危険を生じさせた者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪を犯し、よつて人を死傷させた者は、七年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処する。
第三条
業務上必要な注意を怠り、工場又は事業場における事業活動に伴つて人の健康を害する物質を排出し、公衆の生命又は身体に危険を生じさせた者は、二年以下の懲役若しくは禁錮又は二百万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪を犯し、よつて人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は三百万円以下の罰金に処する。
第四条
法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して前二条の罪を犯したときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。
第五条
工場又は事業場における事業活動に伴い、当該排出のみによつても公衆の生命又は身体に危険が生じうる程度に人の健康を害する物質を排出した者がある場合において、その排出によりそのような危険が生じうる地域内に同種の物質による公衆の生命又は身体の危険が生じているときは、その危険は、その者の排出した物質によつて生じたものと推定する。
この法律は、昭和四十六年七月一日から施行する。
事件名 人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律違反被告事件
裁判年月日 昭和59年01月24日裁判所名・部 名古屋高等裁判所 刑事第二部
判示事項
一 人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律三条にいう「排出」の意義
二 化学製品製造工場で見習技術員のバルブ誤操作により生じた塩素ガス排出事故につき右技術員に対する監督的立場にある同工場製造課長にも人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律三条二項違反の罪が成立するとされた事例
裁判要旨
一 人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律三条における「排出」は、人の健康を害する物質が、通常予定された排出口から排出された場合に限定されるものではなく、また、短時間内に大量に排出された場合も含まれる。
一 人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律三条における「排出」は、人の健康を害する物質が、通常予定された排出口から排出された場合に限定されるものではなく、また、短時間内に大量に排出された場合も含まれる。
二 化学製品製造工場で液体塩素を貯蔵タンクに受け入れる作業中に、見習技術員のバルブ誤操作に起因して塩素ガスを排出し、公衆の身体に危険を生じさせて傷害を負わせた場合において、人手不足のため熟練技術員の見習技術員に対する指導及び同人らを直接監督すべき地位にある係員の右作業に対する監督が行き届かない虞があつた等判示のような状況があるときは、危険な同作業を担当する部署に見習技術員を配置し、かつ右係員を通じて同作業を監督すべき同工場製造課長についても人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律三条二項違反の罪が成立する。
全文
主 文
本件各控訴を棄却する。当審における訴訟費用は、全部被告人五名の連帯負担とする。
理 由
本件各控訴の趣意は、弁護人澤田隆義、同杉浦酉太郎、同小林健治、同杉浦肇共同作成名義の控訴趣意書及び補充控訴趣意書並びに同小林健治作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書(訂正)にそれぞれ記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官浅田昌巳作成名義の答弁書に、記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用するが、右各控訴趣意の要旨は以下に掲記するとおりである。 第一 弁護人澤田隆義、同杉浦酉太郎、同小林健治、同杉浦肇共同作成名義の控訴趣意書第一点(ただし、序論本論部分を含む。)、同補充控訴趣意書第一点(ただし、二の1の(四)の(5)のイを除く。)各記載の論旨(事実誤認及び法令の適用の誤り)について
一 所論は、多岐にわたるが、これを要約すれば以下のとおりである。
すなわち、原判決は、被告人甲、同乙、同丙、同丁が原判示のとおり業務上必要な注意を怠り、被告人戊株式会社(以下「被告会社」という。)己工場(以下「本件工場」という。)における事業活動に伴つて人の健康を害する物質である塩素ガスを排出し、これによつて公衆の生命、身体に危険を生じさせ、よつて原判示住民等四四名に対して各傷害を負わせたものであるとの事実を認定し、被告人甲、同乙、同丙、同丁に対し、人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(以下「公害罪法」という。)三条二項を、また被告会社に対しては同法四条を各適用し、有罪の言渡しをした。
すなわち、原判決は、被告人甲、同乙、同丙、同丁が原判示のとおり業務上必要な注意を怠り、被告人戊株式会社(以下「被告会社」という。)己工場(以下「本件工場」という。)における事業活動に伴つて人の健康を害する物質である塩素ガスを排出し、これによつて公衆の生命、身体に危険を生じさせ、よつて原判示住民等四四名に対して各傷害を負わせたものであるとの事実を認定し、被告人甲、同乙、同丙、同丁に対し、人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(以下「公害罪法」という。)三条二項を、また被告会社に対しては同法四条を各適用し、有罪の言渡しをした。
しかしながら、右塩素ガスは、己工場における事業活動に伴つて排出したのではなくアエロジル製造工程の事業活動の準備段階である液体塩素(以下「液塩」という。)受入れ作業終了時に二号タンクより偶発的事故により漏出したもので、しかも漏出したものは、アエロジル製造の原材料である液塩ないし塩素ガスであつて、廃棄物ではない。しかも正規の排出施設より排出したものでもない。
従つて、本件は公害罪法三条にいう事業活動に伴つて排出したものということが出来ないのであるから、原判決の右事実認定の結論及び右結論に至る関連事案の認定には誤認があり、かつ公害罪法の解釈適用を誤つたものである。
これをふ延するに、
1 本件事故において漏出した塩素ガスは正規の排出施設より排出したものではないから、このような漏出は同法三条等の排出には該当しないと解すべきである。
すなわち、公害罪法は、昭和四五年一二月衆議院、参議院の各本会議において、一括可決された公害関連一四法令の一つであり、右国会審議中、公害罪法三条等の「排出」の概念は、他の公害関連法令中に使用されている「排出」の概念と別異に解すベきであるとの議論は全くなされていなかつたのであつて、右排出の概念が、公害関連の各法令毎に異なるとすれば、その概念を明確にしない限り、法的安定を害し、国民に知らしめずして処罰するという重大な結果を引き起こすことになる。
そして、右公害関連法令の一つである大気汚染防止法二条、三条にいわゆる排出とは、工場及び事業場に設置されたばい煙発生施設において発生したばい煙等を排出口(ばい煙発生施設において発生するばい煙を大気中に排出するために設けられた煙筒その他の施設の開口部をいう。)から大気中に放出することである。
従つて、右排出口以外の箇所よりばい煙が大気中に放出された場合は、右「排出」ではない。(同法二条五項において排出と飛散を区別していることがこれを裏付けている。また、これと類似する漏れ出し、流出、投棄、放出等も排出とは異なると解すべきである。)なお、原判決は、T・C・A、シール・ポツトは、何れも排出口であると認定しているが、T・C・Aは、大気汚染防止法二条二項に明らかなよう
に、「工場又は事業場に設置された施設でばい煙を発生し、及び排出するもののうち、その施設から排出されるばい煙が大気の汚染の原因となるもの」で、政令で定められたばい煙発生施設として届出を義務付けられて使用を許容されたばい煙発生施設の開口部には該当せず、従つて排出口ではない。また、原判決はシール・ポツトがドレンの排出設備であるというが、水質汚濁防止法の特定施設でもなく、またシール・ポツトより公共用水域へ排出する構造にはなつていないのであつて、右は明らかに事実誤認である。
従つて、本件は公害罪法三条にいう事業活動に伴つて排出したものということが出来ないのであるから、原判決の右事実認定の結論及び右結論に至る関連事案の認定には誤認があり、かつ公害罪法の解釈適用を誤つたものである。
これをふ延するに、
1 本件事故において漏出した塩素ガスは正規の排出施設より排出したものではないから、このような漏出は同法三条等の排出には該当しないと解すべきである。
すなわち、公害罪法は、昭和四五年一二月衆議院、参議院の各本会議において、一括可決された公害関連一四法令の一つであり、右国会審議中、公害罪法三条等の「排出」の概念は、他の公害関連法令中に使用されている「排出」の概念と別異に解すベきであるとの議論は全くなされていなかつたのであつて、右排出の概念が、公害関連の各法令毎に異なるとすれば、その概念を明確にしない限り、法的安定を害し、国民に知らしめずして処罰するという重大な結果を引き起こすことになる。
そして、右公害関連法令の一つである大気汚染防止法二条、三条にいわゆる排出とは、工場及び事業場に設置されたばい煙発生施設において発生したばい煙等を排出口(ばい煙発生施設において発生するばい煙を大気中に排出するために設けられた煙筒その他の施設の開口部をいう。)から大気中に放出することである。
従つて、右排出口以外の箇所よりばい煙が大気中に放出された場合は、右「排出」ではない。(同法二条五項において排出と飛散を区別していることがこれを裏付けている。また、これと類似する漏れ出し、流出、投棄、放出等も排出とは異なると解すべきである。)なお、原判決は、T・C・A、シール・ポツトは、何れも排出口であると認定しているが、T・C・Aは、大気汚染防止法二条二項に明らかなよう
に、「工場又は事業場に設置された施設でばい煙を発生し、及び排出するもののうち、その施設から排出されるばい煙が大気の汚染の原因となるもの」で、政令で定められたばい煙発生施設として届出を義務付けられて使用を許容されたばい煙発生施設の開口部には該当せず、従つて排出口ではない。また、原判決はシール・ポツトがドレンの排出設備であるというが、水質汚濁防止法の特定施設でもなく、またシール・ポツトより公共用水域へ排出する構造にはなつていないのであつて、右は明らかに事実誤認である。
・・・・・・
よつて、本件各控訴はいずれもその理由がないから、各刑事訴訟法三九六条に則り、これらを棄却し、当審における訴訟費用については、同法一八一条一項本文、一八二条に従い、共犯に準じ、これを全部被告人五名の連帯負担とすることとして、主文のとおり判決する。