「東日本大震災から7年目」ー
【子どもたちが自らの命を守ることの大切さを教訓とし、5つの提案を作った。世代を超えたコミュニティが防災の基本であり、後世につえつづけること】
【子どもたちが自らの命を守ることの大切さを教訓とし、5つの提案を作った。世代を超えたコミュニティが防災の基本であり、後世につえつづけること】
東日本大震災は、帰宅後の子どもたちが自らの命を守ることの大切さを教訓として残した。
子どもが学校にいる時間は、平日の1日で3分の1ほどだ。土日や長期の休みを考慮して計算すれば、1年の2割にすぎない。
あの震災が発生した時、被災地の小中学校は殆どが、卒業式を終え、みんな下校していた。
まだ、明るいから外や自分の部屋で過ごしていた子供が殆どだった。助かった命もあれば、亡くなった命もある。それは、運もあるが、認識の違いが明暗を分けた。 子供達はそれがなんなのか? 同級生の死の悲しみの中で色々と考え続けた6年でもあったのではないだろうか?
あの時小学1年生だった子供は6年生になっている。
きっと、あの恐怖と苦難は、一生、忘れることはないだろうし、後世に伝えて行くだろう。
子どもが学校にいる時間は、平日の1日で3分の1ほどだ。土日や長期の休みを考慮して計算すれば、1年の2割にすぎない。
あの震災が発生した時、被災地の小中学校は殆どが、卒業式を終え、みんな下校していた。
まだ、明るいから外や自分の部屋で過ごしていた子供が殆どだった。助かった命もあれば、亡くなった命もある。それは、運もあるが、認識の違いが明暗を分けた。 子供達はそれがなんなのか? 同級生の死の悲しみの中で色々と考え続けた6年でもあったのではないだろうか?
あの時小学1年生だった子供は6年生になっている。
きっと、あの恐怖と苦難は、一生、忘れることはないだろうし、後世に伝えて行くだろう。
▼震災直後の岩手県宮古市・鍬ケ崎小学校から撮影した画像
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▼震災直後の岩手県宮古市・鍬ケ崎地区
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▼震災直後の岩手県宮古市・鍬ケ崎地区
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【「命優先」児童が提言/ 地域防災の教訓未来へ 子どもたちが新たな「伝承」を紡いだ 岩手県宮古市・鍬ケ崎小学校】
宮古市の鍬ケ崎地区は、住宅密集地域であったが、すぐ前が宮古湾であり、ここにだけ8mの防波堤も無かった。
震災前には、住民から「何とか整備してほしい」という要望もある一方で、「海が見えなくなるのは逆に危険だ、必要ない」意見は2つにわれていたのだ。だから、役所もその対応に苦労していた地域である。
宮古市の鍬ケ崎地区は、住宅密集地域であったが、すぐ前が宮古湾であり、ここにだけ8mの防波堤も無かった。
震災前には、住民から「何とか整備してほしい」という要望もある一方で、「海が見えなくなるのは逆に危険だ、必要ない」意見は2つにわれていたのだ。だから、役所もその対応に苦労していた地域である。
▼震災直後の岩手県宮古市・鍬ケ崎地区
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【津波が校庭に押し寄せた宮古市の鍬ケ崎(くわがさき)小学校の体育館でこの春の3月19日、卒業式があった】
体育館入り口の壁に「五つの提言」と名付けた木製プレートが掲げられた。壇上の6年生59人がこの6年で考え抜いた「津波への提言である」 卒業生は、それを、じっと眺めていたという。
【鍬ケ崎小学校 津波の5つ提言
●地震がきたら迷わず高台へ逃げるべし
●命を優先し何があってももどらぬべし
●助け合い人とのつながりを大切にするべし
●万一に備え防災グッズを準備しておくべし
●未来へ向けて一歩一歩進むべし
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これは、卒業生が、学校への置き土産として一文字ずつ刻んだものだ。
震災後、当時5年生だった卒業生は地域の住民23人に「震災当日にどう身を守ったか」などについて聞き取り調査を行った。その回答を基にして五つの提言にまとめ、冊子にして住民にも配ったのだ。
【この提言の企画をしたのは、子どもたち自身だ。 津波体験者の調査を考え、実施し分析し、分かりやすく5つに短くまとめた】
「児童は震災当日、津波を見ていない。破壊された街を見て、語り継がなければならないと感じたようだ」。担当教諭の井口道子さん(54)は振り返る。
「児童は震災当日、津波を見ていない。破壊された街を見て、語り継がなければならないと感じたようだ」。担当教諭の井口道子さん(54)は振り返る。
あの日、学校にいた児童235人は訓練通り高台の神社に避難し、海に背を向けて並んだ。欠席の5人も無事だった。一方で児童の自宅の約7割が被災するなど、地域は大きな被害を受けた。
被災した学校の多くは、つらい記憶の心身への影響に配慮して震災の「振り返り」を避けている。それは調査事態が被災した住民の心の痛みとも向き合うことになる。
学校には「みんな被災者だから一緒に乗り越えられる」という確信があった。津波避難マップづくり、ホタテ漁体験などを通し、住民と接する下地もできていた。
児童の質問を受けた古館昌三さん(77)は自宅兼店舗が全壊した。「避難用のリュックサックを用意して」「商売は地域のために続ける」。後世に残したい言葉を伝えながら「学校と地域が一緒に震災を語り続けることが大事」と強く感じたたという。
被災した学校の多くは、つらい記憶の心身への影響に配慮して震災の「振り返り」を避けている。それは調査事態が被災した住民の心の痛みとも向き合うことになる。
学校には「みんな被災者だから一緒に乗り越えられる」という確信があった。津波避難マップづくり、ホタテ漁体験などを通し、住民と接する下地もできていた。
児童の質問を受けた古館昌三さん(77)は自宅兼店舗が全壊した。「避難用のリュックサックを用意して」「商売は地域のために続ける」。後世に残したい言葉を伝えながら「学校と地域が一緒に震災を語り続けることが大事」と強く感じたたという。
【防災は学校だけではない、その地域一体が同じ気持ちを共有して、語り継ぐべきこと】
子どもたちの考えも同じだ。「未来の子どもたちにこんなことがあったと話したい。いろんな人が助かってほしいから」と上田健登君(12)。
黒沢結愛さん(12)は「命が一番大事」という短い言葉を大切にしようと思った。
学校は「五つの提言」を各教室にも掲示した。
4月からの新年度当初、「9月1日の防災の日」、「阪神淡路大震災が発生した1月17日」、「昭和三陸大津波の3月3日」、そして「東日本大震災の3月11日」の年5回、みんなで唱和することになっている。
子どもたちの考えも同じだ。「未来の子どもたちにこんなことがあったと話したい。いろんな人が助かってほしいから」と上田健登君(12)。
黒沢結愛さん(12)は「命が一番大事」という短い言葉を大切にしようと思った。
学校は「五つの提言」を各教室にも掲示した。
4月からの新年度当初、「9月1日の防災の日」、「阪神淡路大震災が発生した1月17日」、「昭和三陸大津波の3月3日」、そして「東日本大震災の3月11日」の年5回、みんなで唱和することになっている。
▼震災から1年経過後の月命日(2012-03-11)
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▼今現在の鍬ヶ崎地区の画像
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防災教育は学校内だけのものではない。子どもたちは成長し、地域の担い手や親になるのだ。
こうした、世代を超えたコミュニティが、防災の基本であると私も思う。 鍬ヶ崎地町内会でも、「地域防災の宝としてずっと受け継ぐ」と誓っている。
東日本大震災の教訓は、被災地各地でいろいろな形で、体験を基にして、地域に合ったものとなっている。
これを後世に末永く残す事こそが、亡くなった方々への本当の意味での慰霊となると思う。