カネミ油症と台湾油症の比較―患者の症状、認定基準(日本)・患者登録(台湾)を中心に―
金 星
A Comparative Study of Kanemi Yusho and Taiwan Yucheng:
Patients'symptoms, certification criteria(Japan) and registration of patients (Taiwan)
Jin Xing
要旨
油症は人類が初めて経験したPCBs 及びPCDFs 集団食中毒事件である。世界中で、発生し
たのは日本と台湾だけである。本論は、カネミ油症と台湾油症について、長期に及ぶ大規模
な健康被害の社会的事象として、主に油症患者の症状、食中毒事件としての油症認定問題の
2 つの面に着目して、共通の問題を中心に考察した。
A Comparative Study of Kanemi Yusho and Taiwan Yucheng:
Patients'symptoms, certification criteria(Japan) and registration of patients (Taiwan)
Jin Xing
要旨
油症は人類が初めて経験したPCBs 及びPCDFs 集団食中毒事件である。世界中で、発生し
たのは日本と台湾だけである。本論は、カネミ油症と台湾油症について、長期に及ぶ大規模
な健康被害の社会的事象として、主に油症患者の症状、食中毒事件としての油症認定問題の
2 つの面に着目して、共通の問題を中心に考察した。
まず、カネミ油症と台湾油症の概要を述べる。次に、油症被害者及び支援者十数名に直接
聞き取り調査を実施し、文献及び現地で入手した一次資料等を参考にして、健康被害につい
て、油症問題の長期に渡る、治療困難性及び胎児性患者の存在などの特徴を考察した。その
結果、両油症事件はおそらくほぼ同一レベルのダイオキシン汚染による中毒症状とみなす
ことができるであろう。次いで、食中毒としてのいわゆる「認定基準」や「患者登録」につ
いて考察した。両油症事件は、環境汚染を経由しないので法律上の「公害」ではなく、法的
な位置づけとしては食中毒事件である。しかし、油症は慢性疾患である点などが公害に類似
しており、マスコミや市民運動などから「食品公害」と呼ばれることが少なくない。
一方、現在の日本及び台湾には、食品公害の被害に対応するための法制度が存在しないた
め、認定問題について学問的に適切な解決策(原因食品摂取の確認と1つ以上の症状が判定
要件)を検討した。最後に、油症に関係する様々な分野で聞き取り調査をした結果をまとめ
て、カネミ油症と台湾油症被害の補償がまだ不十分であるなどの現状を明らかにした。
日本と台湾は異なる社会的背景を持つ。しかし、2 つの油症事件については、いまだに未
知の部分が多いことが現実である。さらに、先行研究において、カネミ油症事件と台湾油症
事件の比較研究は非常に少ないので、この両事件の比較研究が必要である。本論は、カネミ
油症と台湾油症の比較考察への第一歩に位置づけられる。
キーワード:カネミ油症、台湾油症、化学性食中毒、認定基準、患者登録、食品公害
序
1968 年の秋に福岡県北九州市を始め西日本一帯で発覚した「カネミ油症」(Yusho)事件
からちょうど10 年目の1978 年末、台湾の台中県及び彰化県でもカネミ油症とほぼ同じよ
うな症状を有する「台湾油症」(Yucheng)事件が発生した。すなわち、米ぬか油がポリ塩化
ビフェニル(PCBs)や、ダイオキシン類の一種であるポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)な
どに汚染されたことによる化学性食中毒事件である。
日本では、事件発覚から44 年後、2012 年8 月に「カネミ油症患者に関する施策の総合的
な推進に関する法律」が制定されて、同年9 月5 日に施行されている。台湾の場合は36 年
を経て、2015 年1月22 日、「油症患者健康照護服務条例」[注1]が制定されて、同年2 月
4 日に公布、同時に施行されている。
救済制度が確立されたから、もうすでに油症事件は終わったのか? この疑問を抱え込
んで、筆者は2017 年2 月と8 月に台湾油症調査のため、カネミ油症被害者支援センター運
営委員藤原寿和(2 月には下関私立大学名誉教授の下田守も同行)と台湾の政府機関である
衛生福利部国民健康署[注2](以下国民健康署と呼ぶ)、台湾油症受害者支持協会、国立
台湾大学、国家衛生研究院、恵明学校[注3]などを訪問した。また、8 月の調査では、前
回同様の油症調査と合わせて、新たに台湾におけるPCBs 問題で行政院環境保護署化学局の
ヒアリングを行った。そして、同時に中国石油化学工業開発株式会社(台南市)の調査も行
った。この会社の前身は、1938 年に日本の鐘淵曹達株式会社が建設を開始し、1942 年に完
成した工場である。
2017 年7 月12 日長崎県五島市奈留島において、筆者は「カネミ油症五島市の会」事務局
長宿輪敏子にインタビューした。7月13 日、福江総合福祉保健センターでカネミ油症事件
発生50 年事業実行委員長下田守と九州大学病院油症ダイオキシン研究診療センター長崎県
五島担当谷尾恵子及びほかの委員たちに聞き取り調査した。
2017 年8 月30 日藤原寿和とともに農林水産省[注4]に聞き取り調査した。
2017 年10 月14 日筆者は「カネミ油症PCB 汚染を考える集いin 高砂」を参加し、カネミ
油症関係者に聞き取り調査した。
2016 年以来、筆者はカネミ油症及び台湾油症の被害者計13 名に聞き取り調査した。具体
的状況は第2 章で言及する。
油症は人類が初めて経験したPCBs 及びPCDFs 集団食中毒事件である。世界中で、発生し
たのは日本と台湾だけである。特に、カネミ油症以前には人類はダイオキシン類の直接的な
経口摂取の経験がない。なお、ダイオキシン中毒の事例としては、ベトナム枯葉作戦(1961
~1971 年)やイタリアセベソ事故(1976 年)などがある。原田正純医師(故人)はカネミ
油症が病気のデパートであり、大切な人類の負の財産だと語っている。
日本と台湾は異なる社会的背景を持つ。しかし、2 つの油症事件については、健康被害
及び救済制度などお互いに共通する面が少なくなく、いまだに未知の部分が多いことを認
識すべきである。さらに、先行研究において、カネミ油症事件と台湾油症事件の比較研究
は非常に少なく、この両事件の比較研究が必要である。
は非常に少なく、この両事件の比較研究が必要である。