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安珍清姫と鉱山に関する情報や意見を募集します

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安珍清姫と鉱山に関する情報や意見を募集します
 
 
 
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 清姫は語る 日本「国つ神」情念史1
 日本図書館協会選定図書
 
 
 平安期半ばの仏教説話集に、「紀伊国牟婁郡の悪女」として名もなく登場した一人の女性。室町期、能では白拍子・遊女の姿に、絵草子では「花ひめ」と姿をかえ、そして江戸中期、民衆芸能によって美しく高められたヒロイン「清姫」として復活する。その姿の背景になにがみえるか、この国の歴史の伏流のなかに読み解く。

 
 
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第 I 部 清姫は語る―鉱床秘図
・紀州の女
・真砂―古代採鉱民の里
・安珍と鉱の道
・安珍 二重の裏切り
・姉性の怒り
・南紀龍蛇族
・道行き熊野比丘尼
・日高川と白馬山脈
・釣鐘―タタラ炉は点火された
・道成寺二体本尊の謎 ほか
 
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 第 II 部 清姫さんへの七つの手紙
・三つのシンボルと、情念
・癒しと鎮魂のシンボル〈桜〉
・鐘に恨みは……
・天皇の剣を奪りかえす〈大蛇〉
・情念史へのヒント―蛇なる母「国つ神」をうたう田植唄 ほか
 
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 第 III 部 「清姫」への道
・隠された血涙―清姫伝承の情念史的構造 初出文献『法華験記』を中心に
・「清姫」という名の由来をさぐる
・「鉄杖」をかざしていどむ《清姫》―能・歌舞伎の採物「打杖」が語るもの
・道成寺の南面本尊と「ねずみ」
・母性・姉性・妹性―「姉性」の審きと清姫 ほか
 
 
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・斥けられるものの実体
・「岩・花」統合への志向と 「娘道成寺」
・「清姫という名」のもつ意味
・〔清姫伝承の展開一覧表〕人名・地名・内容―文献による異同
 
 
 本宮大社に仕えし人の娘「広浜」は、采女司として孝謙(女帝)・淳仁・称徳(女帝)の三天皇に十年間ほど仕へ、神護景雲二年(769)卒去との記録が残っている。
 その後、結婚して五人の子供をもうけ、三男「清弘」が真砂庄司の元祖(第一代)として、本宮大社の禰宜職※となった。
 以後、二代目を「清治」が継ぎ、三代目「清重」の時、この真砂(磨那期・まなご)の地に荘園主として移り住んだ。
 清姫は、真砂の庄司清重の子として、延喜年間(914)の頃に生まれた。
 
  清姫の森の奥にある「庄司ヶ淵」に身を沈めてその生涯を果てたという。
 時代は延長六年(928)八月二十三日の出来事としての伝承であるが、この土地では毎年四月二十三日を命日としての供養大祭を行っている。
 
 
 
 
 
 和歌山県田辺市中辺路町西谷にある臨済宗のお寺、清姫の墓を管理されている菩提寺の福巖寺(通称一願寺)には、清姫由緒絵巻が伝わっている。
 
 
 
※ 禰宜(ねぎ)とは、神職の職称(職名)の一つである。今日では、一般神社では宮司の下位、権禰宜の上位に置かれ、宮司を補佐する者の職称となっている。
 
 
 
 
 紀伊国分寺(きいこくぶんじ)は、和歌山県紀の川市(旧打田町)東国分にある聖武天皇の発願で鎮護国家を目的に建てた官寺である国分寺の一つ。山号八光山院号醫王院
 現在の紀伊国分寺は、旧紀伊国分寺の講堂跡に位置し、新義真言宗に属している。旧紀伊国分寺境内は、国の史跡に指定され、史跡紀伊国分寺跡歴史公園として整備されている。紀の川市歴史民俗資料館が隣接している。
 清姫が死ぬ40年前の元慶3年(879年2月22日に火災で伽藍が全焼し、金堂僧坊が再建されたが、その他は再建されなかった。


●熊野古道中辺路


南紀白浜から国道311号線を行く熊野本宮大社への約70kmの谷間の道は、熊野権現九十九王子を祀る社や祠の鎮座する古道とも平行している。
しかし、社などを訪ねる山中を巡る古道は大半が徒歩で行く山道だ。
舗装だが道は狭い中辺路のドライブ
舗装だが道は狭い中辺路のドライブ

中辺路の歩道標示
中辺路の歩道標示
熊野川
熊野川

熊野道の古い標示
熊野道の古い標示
本道を外れても旧・中辺路はさらに山中だった
本道を外れても旧・中辺路は
さらに山中だった


●一願寺・清姫の墓

歌舞伎の演目となっている「娘道成寺」、安珍・清姫の物語は、中辺路の真砂(まなご)という集落にあった伝説といわれている。
 その物語は、平安の昔のこと。奥州に安珍という美形の若い僧呂がいた。彼は毎年熊野詣でをするため、真砂の庄司の館に宿をとっていた。
 その家の娘、清姫は安珍を追う。道成寺の鐘に隠れた安珍を大蛇となった清姫は、鐘を我が身で巻き、鐘とともに安珍を焼き殺すという物語。
 全くの架空話ではないが、幾分異なった物語は他にもいくつかある。
 真砂の富田川のほとりに清姫の石塔があるが、この地が清姫誕生の地と書かれた案内版もあった。墓に隣り合わせに建つ薬師堂は耳の病に霊験があるそうだ。

富田川のほとりに清姫の墓はある
富田川のほとりに清姫の墓はある
清姫の墓
清姫の墓

http://www.nipponrentacar.co.jp/freeroad/wakayama2.htm
 
 
 
 
和歌山県の鉱山

炭鉱

 
 
熊野詣の理由の本質も鉱山ではないでしょうか?
 
熊野三山隆盛の理由も鉱山ではないでしょうか?
 
紀伊熊野の鉱山の過剰生産性が文化を育んだ。
 
平清盛は後白河上皇の寵愛した祇園御女を母として、紀伊で産まれた。
日宋貿易で得た巨万の富は紀伊の鉱山から産出された貴金属ではないだろうか?
 
清姫様のご冥福を心よりお祈りします。

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