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フリーメイソン(英: Freemason)は、16世紀後半から17世紀初頭に、判然としない起源から起きた友愛結社。

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フリーメイソン: Freemason)は、16世紀後半から17世紀初頭に、判然としない起源から起きた友愛結社。現在多様な形で全世界に存在し、その会員数は600万人に上り、うち15万人はスコットランドグランドロッジならびにアイルランド・グランドロッジの管区下に、25万人は英連邦グランドロッジに[1]、200万人は米国のグランドロッジに所属している。
 
「フリーメイソン」は厳密には各個人会員の事を指しており、団体名としては: Freemasonry(フリーメイソンリー)、: Franc-maçonnerie(フランマソヌリ)、: Freimaurerei(フライマウレライ)、: masonstvo(マソンストヴォ)である。以下、英語的な発音である「フリーメイソンリー」と記載する。なお本項目は「フリーメイソン」と表記しているが、日本グランド・ロッジは「フリーメイスン」と表記している。
 
 こうした友愛組合は、管轄上、独立したグランドロッジもしくは一部が東方社(オリエント、大東社系)の形で組織され、それぞれが下部組織(下位のロッジ)から成る自身の管区を管轄している。これらの多様なグランドロッジは、それぞれが認め合い、あるいは拒否したりして、境界を形成する。(グランドロッジは、通常では他のグランドロッジと、相互に認知した境を設け、それらを侵犯したり秘密にしたりすることはしない。)また、フリーメーソンリーの主要な支部には、関連した付属団体が存在するが、それらはそれぞれが独立した組織である。
 
 
 
 
 
 
日本
 日本でフリーメイソンリーとのかかわりが始まるのは、江戸末期、開国を日本に迫ったマシュー・ペリーがメイソンだったことに始まる。ペリーは1819年ニューヨークのホーランド・ロッジでメイソン加入した。日本グランド・ロッジでグランド・マスターを務めた山屋明氏は著書でペリーを「記録上証明できる訪日メイソン第一号」と書いている。それ以前については、現在のところ記録はない。
 
 1860年2月26日安政7年2月5日)、横浜攘夷派によってオランダ人船長W・デ・フォスと、商人N・デッケルが暗殺された(オランダ人船長殺害事件)。外国人達は攘夷派への示威行動の意味もあり、できるだけ盛大に二人の葬儀を行おうとした。
 この時、殺された二人はフリーメイソンであると言われており、外国人のメイソン達は、儀式用の正装であるエプロン着用で葬儀に臨んだ。これが日本におけるフリーメイソンの最初の記録という(ただし、二人が会員であった証拠は見つかっていない)。二人は横浜の外国人墓地に埋葬され、その墓は現存している[13]
 
 1864年元治元年)、イギリスは居留民保護のため英国第20(イースト・デヴォンシャー)歩兵連隊(後のランカシャー・フュージリアーズ)を香港から横浜に移動させた。同隊の軍隊ロッジ「スフィンクス」は、隊員のためのロッジであるが、在日イギリス人のためのロッジとしても機能し、また恒久的な民間ロッジ設立のための手助けをした。
 1865年1月、スフィンクス・ロッジは横浜在住のフリーメイソンから家を借り、これをロッジとして日本初の集会を行った。
 スフィンクス・ロッジは1866年慶応2年)3月に離日したが、改めて民間ロッジとしてイングランド・グランド・ロッジの承認を受け、6月26日、「横浜ロッジ」が恒久的な民間ロッジとして設けられた。このロッジは度々移転しているものの現存しており、日本国内最古の現役ロッジといえる。続いて登場したのが1870年明治3年)発足のロッジ・兵庫・大阪(神戸)である。
 
 坂本龍馬海援隊へ武器を仲介したイギリス人武器商人トーマス・ブレーク・グラバーがフリーメイソンだったとする主張もあるが、彼がフリーメイソンだった証拠はない。また1869年に横浜にオテントウサマ・ロッジが設立されたが、名前の「オテントウサマ」はグラバーが所有していたオテントウサマ号という名の船から取ったものである。また長崎にロッジが設立されたのは1885年である。
 
  日本人のフリーメイソンは、1864年、留学先のオランダで入会した西周津田真道が最初という[14]。しかし、第二次世界大戦以前の日本では、日本人の会員はほとんどいなかった。明治政府は結社の自由集会の自由を厳しく制限しており、1887年(明治20年)、事前届け出がなく、あるいは警察官の立ち会いのない集会を禁じる保安条例を発令した。
 直接的には自由民権運動弾圧するものであったが、同法は秘密結社を禁止しており、フリーメイソンリーにとっても保安条例が適用されれば、最低でも集会に警察官の立ち入りを要求されるのは明らかであった。この時期、不平等条約によって外国人は治外法権に置かれていたが、不平等条約が是正されれば、フリーメイソンリーに官憲の手が及ぶのは時間の問題と思われた。
 
 そこで、フリーメイソンで、お雇い外国人として日本政府の通信技術顧問であったW・H・ストーンを代表として、日本政府と協議した。フリーメイソンリーは日本政府と対立する意志はなかったので、ストーンはフリーメイソンリーの非政治・非宗教性を説き、欧米各国で政府に承認・支持されていると強調した。その結果、フリーメイソンリーは保安条例の対象外とする代わり、日本人を入会させないこと、日本社会への接触・宣伝をしないという「紳士協定」を交わしたという。この協定は口頭によるもので、日本側の書類としては発見されていない。ただ、フリーメイソンリー側には、協定遵守を申し合わせた記録が残っているという。
 保安条例の廃止後も、治安警察法によって結社は届出制内務大臣権限によりいつでも禁止可能)とされ、秘密結社の禁止は続いた。フリーメイソンリーは日本人への働きかけを自粛し、日本人から隔絶した存在であり続けた。戦前にフリーメイソンリーに入会した日本人は、海外のロッジでの入会者に限られていた。
 
 しかし、そのために「外国人だけが入会するスパイ団体」「日本人はのけものにされ、入会はおろか見学さえもさせぬ反日・反国体的人種差別団体」という非難にさらされることになった。
 昭和期、日独伊三国同盟が成立すると、ナチス・ドイツの影響でフリーメイソン陰謀論、ユダヤ陰謀論が広まった。既に大正時代、今井時郎樋口艶之助は、フリーメイソンリーの自由主義・民主主義的理念を共産主義の発生源と非難していた。昭和にはいると、陸軍中将四王天延孝は、ナチスの影響を否定しつつ、ユダヤ・フリーメイソン陰謀論を流布した。四王天は、『シオン賢者の議定書』を陰謀の物証とした。1943年毎日新聞社主催、情報局が後援をし、銀座の松屋で「米英を操る黒幕の正体をえぐり出し、国際謀略の思想に構えんとす」というキャッチコピーの下、「国際秘密力とフリーメーソンリー展」という催しが行われた。
 
1941年(昭和16年)、日本がアメリカに宣戦布告すると(太平洋戦争)、ロッジはことごとく憲兵・特別高等警察によって閉鎖に追い込まれ、書類・備品は全て押収された。
R・クーデンホーフ=カレルギーの影響を受け「友愛」を提唱したマスターメイソン鳩山一郎。
 
 1945年、日本の敗戦で第二次世界大戦が終わると、1946年よりロッジの再建が始まった。そして、1950年1月5日佐藤尚武植原悦二郎三島通陽高橋龍太郎、芝均平らが、初めての日本における日本人会員となった。
 この時点で日本のロッジはフィリピン・グランド・ロッジの傘下にあり、フィリピンの対日感情は最悪だった。4月8日フィリピン代表のマウロ・バラディが来日し、「世界平和のために、日本人を兄弟として握手しようと決心し、過去の罪を許してメイソンとして迎えるべく決意した」と演説した。星島二郎はこれに応え、国会にフィリピンに対する謝罪決議を提出し、全会一致で可決させたという[17]
 
 自身も会員であったダグラス・マッカーサーは、対日政策の一環として、皇族を皮切りに日本の指導者層を入会させ、最後は昭和天皇を入会させる腹づもりであったという(フリーメイソンリーは直接的な勧誘はしないことになっているので、それとなく興味を持たせるようにした)。フリーメイソンリーは、米国にとっては冷戦下の反共の砦としても期待されていた。
 昭和天皇の入会は実現しなかったが、はるか後年の1995年にも、リチャード・クライプ元グランド・マスターが取材に「日本でも天皇陛下がメンバーだったら、偏見がなくなり、もっともっと簡単にメンバーを集めることができるでしょう。もし、天皇陛下に入っていただければ、私は名誉グランド・マスターにしてさしあげたい(笑)。」[19]と答えており、現在でも天皇の入会を期待しているものと思われる。
 
1951年に入会した鳩山一郎[20]、第1階級(エンタード・アプレンティス)を経て[21]1955年に第2階級(フェロークラフト)[22]、その後第3階級(マスターメイソン)に昇級した。
 
 1957年には会員数が2500人を超え、独立したグランド・ロッジを構えるべきという気運が高まり、3月に東京グランド・ロッジを設立した。初代グランド・マスターは、ベネズエラ外交官カルロス・ロドリゲス=ヒメネスであった[24]。また、主に米軍基地内にフィリピン系ロッジ、黒人系ロッジが別途存在する。これらは日本Grand Lodgeとの直接的な関わりはなく、各ロッジは個別のGrand Lodgeに属している。
 
 
 

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