1)中国の野望にくさび打て 尖閣、石垣・宮古、台湾まで…侵攻想定
沖縄県・尖閣諸島の領海外側にある接続水域を航行していた中国の海洋監視船3隻が31日午後、相次いで領海に一時侵入した。第2次安倍政権発足後初めてで、政府は首相官邸の情報連絡室を官邸対策室に格上げした。緊迫の海に年の瀬はない。こうした中国の攻勢は今後も続くのか-。
防衛省が10~20年後の安全保障環境の変化に対応する「統合防衛戦略」の作成にあたり極秘に対中国の有事シナリオを検討しているのも不測の事態に備えるためだ。判明したシナリオによると、中国側の出方を3つに分けて予想している。
◇
《シナリオ〔1〕 ○年×月×日 尖閣侵攻》
中国の海洋・漁業監視船は沖縄県・尖閣諸島周辺海域での領海侵入を繰り返していたが、海上保安庁の巡視船と監視船が「偶発的」に衝突した。これをきっかけに中国は監視船を大挙して送り込む。
前進待機していた海軍艦艇も展開。中国初の空母「遼寧」と新鋭国産空母の2隻が近づき威圧する。巡視船は退かざるを得ない。
「領土・主権など『核心的利益』にかかわる原則問題では決して譲歩しない」
中国外務省は尖閣について、譲れない国益を意味する「核心的利益」と国際社会にアピールする。
海保の増援船艇や海上自衛隊の艦艇が展開する前に中国側は空挺(くうてい)部隊と新型の「水陸両用戦車」を上陸させる。これまでは漁民を装った海上民兵の上陸が懸念されていたが、偶発を装った意図的な衝突から一気に尖閣を奪取する事態も現実味を帯びてきた。
◇
《シナリオ〔2〕 尖閣と石垣・宮古 同時侵攻》
尖閣のみならず中国が石垣島と宮古島にも同時か波状的に侵攻するシナリオもある。「中国は尖閣と石垣・宮古をひとつの戦域ととらえている」(自衛隊幹部)ためだ。
中国側はまず海軍艦艇を集結させ周辺海域を封鎖する。艦艇の中心はルージョウ級ミサイル駆逐艦やジャンカイ級フリゲート艦の発展型。空からは第5世代戦闘機「J20」と新世代機が飛来。宮古島にある航空自衛隊のレーダーサイトをミサイル攻撃し、日本の防御網の「目」を奪った。
混乱に乗じ潜入した特殊部隊は宮古空港と石垣空港を占拠する。空港を奪えば自衛隊は増援部隊や装備・物資を輸送する拠点を失うためだ。自衛隊も警戒していたが、陸上自衛隊の部隊を常駐させていないことが致命的だった。
◇
《シナリオ〔3〕 尖閣・石垣・宮古と台湾同時侵攻》
中国は2021年の共産党結党100周年でなしえなかった台湾統一のチャンスをうかがっていた。日米の行動を阻止するため台湾に近く、空港のある石垣島や宮古島を制圧することも想定される。
防衛省がこのシナリオに踏み込むのは、米国に介入を断念させるという中国の「究極の狙い」を統合防衛戦略に反映させるためだ。
台湾への侵攻作戦は海上封鎖や戦闘機・ミサイル攻撃、特殊部隊や水陸両用の上陸作戦が中心だ。
この頃には、地上配備の対艦弾道ミサイル「DF21D」は第1列島線より遠方でも米空母をピンポイントで攻撃することが可能となっているとみられる。
世界最速を目指し開発を進めた長距離爆撃機「轟10」は航続距離も長く、西太平洋全域で米空母を威嚇する。大陸間弾道ミサイル「DF31」は射程を1万4千キロに延ばし米本土全域を核攻撃の脅威で揺さぶる。
これらにより米軍の介入を阻めば、中国は宮古海峡に加え、台湾-フィリピン間のバシー海峡も押さえられる。中国にとって海洋進出の「防波堤」は消え、東シナ海と南シナ海での覇権確立を意味する。第2列島線を越え西太平洋支配の足がかりも得ることになる。
防衛省幹部は「これが対中有事で想定しておくべき最悪シナリオだ」と語る。
× × ×
冷戦終結後、植民地獲得はしなくても自国の権益拡大に腐心する国を、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は「新・帝国主義国」と名付ける。そうした国が出現する状況のなか、日本はどう対処すべきか。安全保障、高齢化、エネルギー問題などから近未来のアジアを見つめ、日本の生き残りの道を探る。
中国国防費「12年後に米抜く」
10~20年後の有事シナリオ作成に防衛省が着手したことが判明したが、その頃の東アジア情勢はどうなっているのだろうか。参考となるのが米国家情報会議(NIC)がまとめた国際情勢に関する報告書『世界の潮流2030』だ。
東アジア情勢に関し、中国政府が国内問題の目をそらすため「外に向かってより攻撃的になる」可能性を示している。
報告書の執筆、監修にあたったマシュー・バロウズ顧問は「最悪のシナリオ」も指摘する。
「中東紛争が起きている間にパキスタン情勢が悪化、同時に東アジアでも緊張が拡大する」
なぜこうしたシナリオを検討しないといけないのか。バロウズ氏の答えは明快だ。
「30年までに、地政学的な環境の急激な変化が起きるだろうからだ」
「独自で対抗無謀」
軍事費の面から30年に向けた東アジア情勢を予測したのが神保謙慶応大准教授だ。神保氏は昨年7月、シンガポールでの講演で、05年から30年にかけての日米中3カ国の軍事費の推移を発表した。
参加者の目は神保氏が示した図表にくぎ付けとなった。25年に中国の国防費が米国を逆転する可能性を示したためだった。
将来の各国の名目国内総生産(GDP)を国際通貨基金(IMF)などの推計をもとに算出し、GDPに占める国防費の割合をかけあわせた。中国の国防費はスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の統計や米国防総省の分析を援用した。
財政支出削減により米国の国防費の伸び率が大幅に制約されると、米中の国防費が逆転するとの結果が出たのだった。
「さまざまな仮定の上に立った単純計算だ」と神保氏は前置きするが、「安全保障の構図が変化する可能性には多くの関心が寄せられた」と振り返る。
この図表で神保氏が「よりリアリティーを持ってみるべきだ」と指摘するのが日中の比較だ。30年には中国の国防費は日本の防衛費の約9倍から約13倍になる可能性を予想したのだ。
「米国から離れて日本が独自に中国と対抗しようとしても、それがいかに無謀なことかを数字は示している」
神保氏はこう指摘する。
陸上自衛隊OBの山口昇防大教授は中国の台頭を踏まえ、今後の米中関係と日本の将来像に関し、4つのケースに区分する。
アジアの安全保障で米国の影響力が強く残り、中国が協調的であれば、日米同盟を基軸に日本は平和と安定を維持できるが、残る3つは悲観的だ。山口氏は(1)米中対立(2)米中勢力圏棲(す)み分け(3)中国の覇権-という予想を立てた。
山口氏によると、米中が対立すれば日本は前線となるか、中国圏に入るかの選択を迫られる。米中棲み分けならば日本は中国圏か孤立の道をたどる。韓国も領土をめぐり中国との共闘姿勢に転じれば日本は包囲網を敷かれることになる。あるいは「中国の地域覇権」に組み込まれる可能性もある、という。
◇
露も危機感、日本に秋波
このような状況を想定してか、いま日本に秋波を送ってきている国がある。ロシアだ。
元外務省主任分析官でロシアが専門の佐藤優氏は、昨年8月の李明博韓国大統領の竹島上陸の後、クレムリン(大統領府)にアクセスを持つ人物の来訪を受け、こう言われたという。
「ロシアは尖閣、竹島で好意的中立だ。そのことを日本はわかっているのか」
佐藤氏はこの発言を次のように読む。
「尖閣で発言することは、結果として中国を利することになるので避けている。東アジアで中国の影響力が拡大することを阻止したいからだ」
実際、プーチン大統領は昨年12月26日の安倍晋三首相誕生に際し、直ちに祝電を送り、アジア太平洋地域の安定と安全保障のために日露関係を発展させていく意向を示した。28日には電話会談も行った。
天然ガスの供給先
ロシアの対日アプローチの要因となっているのが天然ガスだ。NIC報告書は、米国がシェールガスの生産により輸出国になる可能性を指摘している。天然ガス輸出国のロシアも大きく影響を受ける。
「米国が海外から手を引くのか。ロシアも読めない。そこで安定的なエネルギーの供給先として日本を考えている。対中牽制(けんせい)にもなる」と佐藤氏は分析する。
報告書は、30年の潮流として「資源需要の拡大」を例示しているが、茅原郁生拓殖大名誉教授は「とりわけ中国にとっては死活問題だ」と指摘する。
中国近海での乱獲により漁業資源はすでに枯渇ぎみで、石油需要の急増に伴いエネルギーの確保にも血眼になる。
そこで手を伸ばそうとするのが沖縄県・尖閣諸島であり東シナ海の離島だ。島を奪い、それを基点に排他的経済水域(EEZ)も広げ、漁業・海底資源をわが物顔であさる。
それを担保するのが軍事力による海洋支配で、「戦略国境」と名づける中国ならではの概念を体現することになる。その概念とは、「力」を持つものが押し出していけば、そこまで支配権が及ぶ-。
◇
【用語解説】米国家情報会議(NIC)
米国と世界の将来像を戦略的に分析して政策立案に生かすために、米大統領に対して15~20年にわたる世界情勢の予測を報告する。中央情報局(CIA)など米政府の情報機関によって組織され、報告書作成には諜報機関だけでなく大学教授やシンクタンク研究員なども参加している。世界的な金融危機の最中の2008年には「世界の潮流2025」を公表、米国の相対的な国力低下と多極化の時代到来を打ち出し注目を集めた。情勢判断を総合的に記述した機密文書「国家情報評価(NIE)」の作成にも当たっている。