鹿児島県種子島の西方15キロに位置する日本で二番目に大きな無人島(8.2平方キロメートル)が馬毛島である。
この島の数奇な運命は後述するとして、尖閣諸島とは違い、「本土の喉元」といえるこの島に、中国企業が触手を延ばしてきているのだという。
所有権者は馬毛島開発。オーナーは、都内で砕石販売の立石建設工業を営む立石勲氏である。
「中国へ売ったらたいへんなことになる」
「中国系企業が買いに来ている」
『週刊ポスト』(11月16日号)は、本人ではなく防衛省関係者の伝聞として「売却話」を伝えている。しかし馬毛島開発は、一代で立石建設グループを築いた立石氏が、1995年に買い取り、これまで150億円をかけて飛行場建設などを行ってきた。立石氏以外に決定権者も情報発信者もいない。
「中国当局の息のかかった上海の不動産開発会社と、同じく上海のリゾート会社の2社が交渉を持ちかけている」という報道は、立石氏周辺から漏れたものだろう。
「中国へ売却」となれば、騒動は必至だ。通信など安全保障上、問題のある施設が設置されても制限はできない。尖閣問題で日中関係が揺らいでいる時だけに、面白くない感情を持つ勢力もいよう。
本来、立石氏は、防衛大学一期生の友人から「国防は30年、40年先を読まなくてはならない」という話を聞き、「防衛の要になる島」として馬毛島を購入しており、日本の"脅威"になるようなことは本意ではない。
立石氏の知人は、中国への売却を明確に否定する。
「立石さんにそんなつもりはない。『中国へ売ったらたいへんなことになる』と、本人の口から聞いたこともある。そう漏らしているのは、いじめた日本政府への怒りがある。さらに資金繰りも厳しくなっているという事情もあるのでしょう」
国有化前提で話し合いが続いている
馬毛島開発は、国の石油基地建設を担う会社として、旧平和相互銀行が設立した。その後、石油基地構想が中断、島は、レーダー基地建設、レジャーランド開発、使用済み核燃料の中間貯蔵施設など、さまざまな構想が浮かんでは消え、最終的に、「防衛の要に」という思いで立石氏が購入した。
以来、私費を投じて、南北4000メートル、東西2500メートルの滑走路を持つ空港建設に取り組み、森林を伐採、整地を進めていった。当初は、24時間運用の貨物専用飛行場とし、いつでも基地に転用できる計画だった。
その思いが、米空母艦載機の離着陸訓練(KCLP)の候補地となったことで、実るかと思われた。一時、とん挫したことはあっても、森本敏防衛相が、「(馬毛島を)艦載機の離着陸訓練に使える時期はそう遠くない」と述べるなど、国有化前提の話し合いが続いている。
では、なぜこの微妙な時期に、「中国への売却発言」が伝わったのか。
まず、「価格の差」である。立石氏が購入した当時の価格は4億円だが、買い増してほぼ100%を自分の所有地とした立石氏は、整地を進め、空からは十字の滑走路がくっきりと見えるようになっている。
本人の弁で、これまでに150億円を投じて整備した島を、政府は50億円以下で購入しようとしている。そんな中で中国企業への売却の話が出てきたのである。
背後には金銭トラブルと政府への恨み
一方、立石氏には背に腹は代えられない事情がある。借金で身動きが取れないのだ。
その証拠に、馬毛島の不動産登記簿謄本が汚れ始めている。
バブル期、業績を急速に伸ばした立石建設グループは、全国に資産を保有する。だが、業績の悪化とともに馬毛島開発に投ずる資金が重くのしかかっている。資金繰りが逼迫、損切で売却処分したものも少なくない。
だが、生涯の"夢"である馬毛島は守り続けた。代表する「馬毛島1-1」の約63万平方メートルは、今も抵当権の設定などはないものの、今年6月末、港区の不動産会社によって「仮差押」がつけられた。7月末、いったんは抹消されたものの、9月14日、再び「仮差押」の登記を打たれた。金銭トラブル発生の証明だ。
「ここ数年、事業がうまくいっていない上に、虎の子の馬毛島が売れない。立石さんもたいへんでしょう」(金融関係者)
加えて、立石氏には、政府への恨みもある。
09年12月、東京国税局査察部が脱税容疑で強制捜査、立石氏は法人税法違反容疑で起訴され、昨年6月、東京地裁は懲役2年6か月、執行猶予4年の判決を言い渡した。この脱税摘発に立石氏は、「政府の意図」を感じていたという。
税務調査で脱税工作が発覚したものの、「修正申告で話がついていた」という。そもそも脱税工作のきっかけとなる銀行の貸し剥がしは、馬毛島売却を打診され、断ったことに対する「政府の仕返し」と公判で証言した。また、査察の後に会談を持ちかけてきた政治家は、「査察で押収された資料をもとに話をしていた」と、不信を露わにしていた。
国家への恨みは残り、借金に追われている現実もある。それが、「中国に売却」という騒動の背後にある。
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