中国から飛来する水銀 微小粒子状物質「PM2.5」より恐ろしい事実
PM2.5の飛来がピークを迎え、各地で警報が発せられている。
水銀まで飛んできて、河川や湖を汚染。琵琶湖ではナマズから水銀が見つかった。
本題は大気汚染なのだが、まずは湖の話から始めたい。
滋賀県立大学環境科学部の永淵修教授の研究チームは、4年前から琵琶湖の魚の水銀濃度を調査している。中国から偏西風によって飛んできた水銀が内陸水域の魚類にどう影響するかを調べるためだ。そこでショッキングな結果が浮かび上がった。体長が1メートル前後もあるビワコオオナマズから1キログラム当たり856マイクログラム(μg)、体長50センチ前後のふつうのナマズからも420μgの総水銀を検出したのだ。
●琵琶湖の水銀ナマズ
国は、魚介類に含まれる総水銀の暫定規制値を0.4ppmと定めている。ビワコオオナマズの汚染濃度を規制値の単位に合わせると0.856ppmで、規制値の2倍を超える汚染ということになる。ふつうのナマズも0.420ppmで、規制値を上回っている。
総水銀のほとんどは、メチル水銀で占められている。メチル水銀とは、熊本県の水俣湾一帯の住民に多数の死者を出し、いまも後遺症を残す水俣病の原因物質だ。
もっとも、ビワコオオナマズは食用には適さない。ふつうのナマズも常食はされていない。永淵チームの調査によると、よく食卓に上る魚類の水銀濃度は、ナマズよりも一桁低いため、今のところ健康被害が生じるというわけではない。そのことは、はっきりさせておきたい。
問題は、水銀のような有害物質までが、微小粒子状物質「PM2.5」とともに高い濃度で中国方面から日本列島に押し寄せ、環境中でさらに毒性の強いメチル水銀に変化しているという事実だ。国や自治体が各地に設置した計測器では、水銀を測定していない。だから、この驚くべき事実は、永淵教授の研究チームの調査によって初めて明らかになった。
各種の物質は大気中で寄せ集まり、小さい粒子状の物質(Particulate Matter)をつくる。とりわけ、粒子径2.5マイクロメートル(μm)以下の微小粒子の濃度が、地球規模で高くなっていることから、各国や世界保健機関(WHO)は、PM2.5対策に乗り出した。
日本でも、国が2009年、PM2.5の環境基準を「1立方メートルあたり日平均で35μg以下、かつ年平均で15μg以下」と定めた。さらに13年2月には、PM2.5の濃度の日平均が1立方メートルあたり70μgを超えると予測される場合、各都道府県は、不要不急の外出を減らすなど住民に注意喚起を求める指針を、環境省が定めた。
この指針に基づいて、すでに今年も「PM2.5注意報」が、全国各地で発せられている。
●富士山や乗鞍岳からも
PM2.5のそもそもの発生源は、工場、火力発電所、自動車などから排出されるガスや粒子状の物質のほか、土壌、海塩、火山灰など様々だ。日本の空を漂うPM2.5の何割くらいが、中国から飛んできているのかは、その時々の気象条件や地域によっても、まったく違うだろう。しかし、環境省の平岡英治官房審議官は断定する。
「(PM2.5の)濃度が高まったときは、中国からの影響が大きい」
いまは当たり前のように聞こえるかもしれないが、ほんの数年前まで、このことは常識ではなかった。
永淵教授は以前、福岡県保健環境研究所に勤務していたころから警鐘を鳴らしていたが、
「1990年代は、(黄砂以外の)大気汚染が中国から越境してくるなんて言ったところで、周りはそんなことを言っていいのという対応だった」
ところが、その後の中国は、経済発展に伴ってエネルギー消費や自動車が激増した。同時に爆発的な環境悪化を招き、海を隔てた日本にも影響を及ぼしている。PM2.5は呼吸器、循環器に作用し、脳卒中、心筋梗塞などのリスクも高める。
PM2.5の中身の物質は多様だが、水銀は独自の浮遊物質として、やはり日本の上空に飛来している。永淵教授は07年から、富士山や乗鞍岳(長野・岐阜県境)、伊吹山(滋賀・岐阜県境)、霧島山系の韓国岳(鹿児島・宮崎県境)、屋久島(鹿児島県)などの様々な標高で観測し、その事実を裏付けてきた。
●食物連鎖で水銀が濃縮
琵琶湖や全国の山々での調査は、地球規模の水銀汚染の深刻化を食い止めようとする国連環境計画(UNEP)への協力の一環として、環境省の委託を受けて実施しているものだ。UNEPは世界の水銀排出量の3分の1の発生源が、中国だとみている。永淵教授は中国も訪れ、関係学会の協力を得て水銀排出推定量を確かめたり、上海市や蘭州市で針葉樹の水銀濃度を測定したりしてきた。
そこで確認できたのは、日本国内で調査した山の水銀濃度が上昇したときは、例外なく中国からの気団がその山の方面を覆い通った場合ということだ。逆に山の水銀濃度が低い日は、太平洋からの気団の影響下にあるときだった。
例えば12年10月、乗鞍岳一帯が大陸からの寒気団に覆われると、水銀濃度が1立方メートルあたり0.5ナノグラム(ng)から2.5ngに急上昇した。伊吹山では、中国からの気団に包まれると、水銀濃度とともにヒ素やテルルといった物質の濃度も相関的に高くなった。
そこから考えられるのは、日本の大気の水銀の大部分は中国発で、それはおおむね石炭の燃焼によって発生したということだ。石炭には水銀、ヒ素、テルルなどの物質が含まれているが、中国の工場や発電所は、排煙の除去設備の導入が立ち遅れている。
中国から飛来した水銀の一部は酸化されると、雨に溶けて日本の地表や水面に沈着する。琵琶湖には、伊吹山地や周辺の山々から、多くの河川が流れ込んでいる。水銀を取り込むプランクトンを小さな魚が食べ、その魚を中型魚が食べ、それを大型魚が食べ、だんだんと水銀が濃縮されていく。アユやマスを捕食するビワコオオナマズは、琵琶湖の生態系の頂点に位置している。
このオオナマズの水銀濃度は、いま水銀汚染が心配されている海洋の常食魚マグロのそれを超えるくらい高かった。まさに教科書通りの食物連鎖によるものと推察される。
こうした現象は、琵琶湖に限った話ではない。永淵教授は警告する。
「ほかの内陸水域の測定はしていないので分からないが、琵琶湖と同じように、生態系の上位にいる魚類は水銀濃度が高い可能性がある。水銀はたまっていく。初めはその影響もじわじわという具合だが、やがて突然、スパンと大事が起こる」
●測定網の整備不可欠
13年10月、熊本県でUNEPの外交会議が開催された。この場で、水銀の使用や輸出入、排出などを包括的に規制する「水銀に関する水俣条約」が、中国も賛成して採択された。大気、海洋、陸水域と国境を越えた水銀汚染の広がりや、水俣病的疾患の多発が憂慮され、水銀使用を厳しく国際的に規制する第一歩が踏み出された。
条約づくりに深く関わり、条約採択の地も提供した日本はいま、大気を通した中国からの水銀汚染に脅かされている。それにもかかわらず、日本には水銀による大気汚染の公的な測定網がなく、漁業が行われている陸水域での水銀沈着の実態を把握する計測体制も整ってはいない。一研究チームの努力だけでは、この深刻な事態に対処しきれないことは明らかだ。
一方、厚生労働省は03年と05年、妊婦や妊娠の可能性がある人を対象に、一部のクジラやマグロ、メカジキ、キンメダイを食べ過ぎないよう、注意を呼びかけ、具体的な節食策まで発表した。食物連鎖によって濃縮された水銀が、水俣病のときのように胎児に影響する可能性が指摘されているためだが、陸水域の魚介類の水銀汚染については、こうした注意喚起は行われていない。
環境省は、永淵教授の研究チームの調査結果を「まだ承知していない」(宮崎正信・水環境課長)という。ただ、言えるのは、PM2.5に限らず、水銀についても測定網の整備が欠かせないということだ。それも大気だけでなく、河川や湖の魚類についても調べる必要がある。もはや空と水の汚染を分けては考えられない。
中国からの越境汚染は、日本全土の環境を確実にむしばみつつある。
水銀まで飛んできて、河川や湖を汚染。琵琶湖ではナマズから水銀が見つかった。
本題は大気汚染なのだが、まずは湖の話から始めたい。
滋賀県立大学環境科学部の永淵修教授の研究チームは、4年前から琵琶湖の魚の水銀濃度を調査している。中国から偏西風によって飛んできた水銀が内陸水域の魚類にどう影響するかを調べるためだ。そこでショッキングな結果が浮かび上がった。体長が1メートル前後もあるビワコオオナマズから1キログラム当たり856マイクログラム(μg)、体長50センチ前後のふつうのナマズからも420μgの総水銀を検出したのだ。
●琵琶湖の水銀ナマズ
国は、魚介類に含まれる総水銀の暫定規制値を0.4ppmと定めている。ビワコオオナマズの汚染濃度を規制値の単位に合わせると0.856ppmで、規制値の2倍を超える汚染ということになる。ふつうのナマズも0.420ppmで、規制値を上回っている。
総水銀のほとんどは、メチル水銀で占められている。メチル水銀とは、熊本県の水俣湾一帯の住民に多数の死者を出し、いまも後遺症を残す水俣病の原因物質だ。
もっとも、ビワコオオナマズは食用には適さない。ふつうのナマズも常食はされていない。永淵チームの調査によると、よく食卓に上る魚類の水銀濃度は、ナマズよりも一桁低いため、今のところ健康被害が生じるというわけではない。そのことは、はっきりさせておきたい。
問題は、水銀のような有害物質までが、微小粒子状物質「PM2.5」とともに高い濃度で中国方面から日本列島に押し寄せ、環境中でさらに毒性の強いメチル水銀に変化しているという事実だ。国や自治体が各地に設置した計測器では、水銀を測定していない。だから、この驚くべき事実は、永淵教授の研究チームの調査によって初めて明らかになった。
各種の物質は大気中で寄せ集まり、小さい粒子状の物質(Particulate Matter)をつくる。とりわけ、粒子径2.5マイクロメートル(μm)以下の微小粒子の濃度が、地球規模で高くなっていることから、各国や世界保健機関(WHO)は、PM2.5対策に乗り出した。
日本でも、国が2009年、PM2.5の環境基準を「1立方メートルあたり日平均で35μg以下、かつ年平均で15μg以下」と定めた。さらに13年2月には、PM2.5の濃度の日平均が1立方メートルあたり70μgを超えると予測される場合、各都道府県は、不要不急の外出を減らすなど住民に注意喚起を求める指針を、環境省が定めた。
この指針に基づいて、すでに今年も「PM2.5注意報」が、全国各地で発せられている。
●富士山や乗鞍岳からも
PM2.5のそもそもの発生源は、工場、火力発電所、自動車などから排出されるガスや粒子状の物質のほか、土壌、海塩、火山灰など様々だ。日本の空を漂うPM2.5の何割くらいが、中国から飛んできているのかは、その時々の気象条件や地域によっても、まったく違うだろう。しかし、環境省の平岡英治官房審議官は断定する。
「(PM2.5の)濃度が高まったときは、中国からの影響が大きい」
いまは当たり前のように聞こえるかもしれないが、ほんの数年前まで、このことは常識ではなかった。
永淵教授は以前、福岡県保健環境研究所に勤務していたころから警鐘を鳴らしていたが、
「1990年代は、(黄砂以外の)大気汚染が中国から越境してくるなんて言ったところで、周りはそんなことを言っていいのという対応だった」
ところが、その後の中国は、経済発展に伴ってエネルギー消費や自動車が激増した。同時に爆発的な環境悪化を招き、海を隔てた日本にも影響を及ぼしている。PM2.5は呼吸器、循環器に作用し、脳卒中、心筋梗塞などのリスクも高める。
PM2.5の中身の物質は多様だが、水銀は独自の浮遊物質として、やはり日本の上空に飛来している。永淵教授は07年から、富士山や乗鞍岳(長野・岐阜県境)、伊吹山(滋賀・岐阜県境)、霧島山系の韓国岳(鹿児島・宮崎県境)、屋久島(鹿児島県)などの様々な標高で観測し、その事実を裏付けてきた。
●食物連鎖で水銀が濃縮
琵琶湖や全国の山々での調査は、地球規模の水銀汚染の深刻化を食い止めようとする国連環境計画(UNEP)への協力の一環として、環境省の委託を受けて実施しているものだ。UNEPは世界の水銀排出量の3分の1の発生源が、中国だとみている。永淵教授は中国も訪れ、関係学会の協力を得て水銀排出推定量を確かめたり、上海市や蘭州市で針葉樹の水銀濃度を測定したりしてきた。
そこで確認できたのは、日本国内で調査した山の水銀濃度が上昇したときは、例外なく中国からの気団がその山の方面を覆い通った場合ということだ。逆に山の水銀濃度が低い日は、太平洋からの気団の影響下にあるときだった。
例えば12年10月、乗鞍岳一帯が大陸からの寒気団に覆われると、水銀濃度が1立方メートルあたり0.5ナノグラム(ng)から2.5ngに急上昇した。伊吹山では、中国からの気団に包まれると、水銀濃度とともにヒ素やテルルといった物質の濃度も相関的に高くなった。
そこから考えられるのは、日本の大気の水銀の大部分は中国発で、それはおおむね石炭の燃焼によって発生したということだ。石炭には水銀、ヒ素、テルルなどの物質が含まれているが、中国の工場や発電所は、排煙の除去設備の導入が立ち遅れている。
中国から飛来した水銀の一部は酸化されると、雨に溶けて日本の地表や水面に沈着する。琵琶湖には、伊吹山地や周辺の山々から、多くの河川が流れ込んでいる。水銀を取り込むプランクトンを小さな魚が食べ、その魚を中型魚が食べ、それを大型魚が食べ、だんだんと水銀が濃縮されていく。アユやマスを捕食するビワコオオナマズは、琵琶湖の生態系の頂点に位置している。
このオオナマズの水銀濃度は、いま水銀汚染が心配されている海洋の常食魚マグロのそれを超えるくらい高かった。まさに教科書通りの食物連鎖によるものと推察される。
こうした現象は、琵琶湖に限った話ではない。永淵教授は警告する。
「ほかの内陸水域の測定はしていないので分からないが、琵琶湖と同じように、生態系の上位にいる魚類は水銀濃度が高い可能性がある。水銀はたまっていく。初めはその影響もじわじわという具合だが、やがて突然、スパンと大事が起こる」
●測定網の整備不可欠
13年10月、熊本県でUNEPの外交会議が開催された。この場で、水銀の使用や輸出入、排出などを包括的に規制する「水銀に関する水俣条約」が、中国も賛成して採択された。大気、海洋、陸水域と国境を越えた水銀汚染の広がりや、水俣病的疾患の多発が憂慮され、水銀使用を厳しく国際的に規制する第一歩が踏み出された。
条約づくりに深く関わり、条約採択の地も提供した日本はいま、大気を通した中国からの水銀汚染に脅かされている。それにもかかわらず、日本には水銀による大気汚染の公的な測定網がなく、漁業が行われている陸水域での水銀沈着の実態を把握する計測体制も整ってはいない。一研究チームの努力だけでは、この深刻な事態に対処しきれないことは明らかだ。
一方、厚生労働省は03年と05年、妊婦や妊娠の可能性がある人を対象に、一部のクジラやマグロ、メカジキ、キンメダイを食べ過ぎないよう、注意を呼びかけ、具体的な節食策まで発表した。食物連鎖によって濃縮された水銀が、水俣病のときのように胎児に影響する可能性が指摘されているためだが、陸水域の魚介類の水銀汚染については、こうした注意喚起は行われていない。
環境省は、永淵教授の研究チームの調査結果を「まだ承知していない」(宮崎正信・水環境課長)という。ただ、言えるのは、PM2.5に限らず、水銀についても測定網の整備が欠かせないということだ。それも大気だけでなく、河川や湖の魚類についても調べる必要がある。もはや空と水の汚染を分けては考えられない。
中国からの越境汚染は、日本全土の環境を確実にむしばみつつある。
外部サイト
中国から飛んでくる有害物質は微小粒子状物質(PM2.5)だけではなかったようだ。
まずは水銀。滋賀県立大学などの研究チームによって、富士山頂や屋久島など山岳部の大気中から高濃度の水銀が検出された。最大で市街地の平均の10倍以上もの濃度だった。中国大陸から気団が入ってくるときに濃度が上昇していることなどから、研究チームは中国で排出された水銀が飛来すると考えている。水銀は中国やインドなど新興国での使用が増えており、国連環境計画によると、大気への排出量は世界全体で年間約1960トン(2010年)と推定され、このうち約3割を中国が占めるという。
そもそも水銀は水俣病の原因物質として知られているが、金の採掘などでも広く使われている。常温では液体だが、気化しやすい特徴がある。
「大気中の水銀が酸化すると雨に取り込まれ地上に落ちてくる。水域に入ると植物プランクトンなどに取り込まれる。そして食物連鎖を通じて高濃度に濃縮されたものが最終的に人間の口に入ってしまいます」(滋賀県立大の永淵修教授)
こうした過程で水銀がメチル水銀に変化し、胎児や乳幼児に脳神経細胞の発育障害などの健康被害をもたらすことが世界的に問題視されている。いったん大気中に排出されると世界中に拡散してしまうため、水銀の排出を国際的に管理する「水俣条約」の採択に向け、現在、政府間で交渉しているところだ。
さらに、先の永淵教授によれば、液晶パネルなどに使われるレアメタルのインジウムやアンチモンなども日本に流れてきているという。インジウムはじん肺の原因となる。液晶パネル工場などで働く人の肺の一部が繊維状になることがある。
東北大学などの調査によって、青森県、岩手県、秋田県にまたがる十和田八幡平国立公園の湖の泥に含まれるインジウムやアンチモンなどの金属が急増していることが昨年12月、明らかになったばかりだ。研究チームは、こうした中国由来の金属汚染が東北全体に及んでいる可能性もあるとする。
まだある。滋賀県立大の岩坂泰信理事は「ヒ素にも警戒を要する」と言う。ヒ素といえば、粉ミルクに混入して多数の死者を出した「森永ヒ素ミルク事件」(1955年)や、「和歌山毒カレー事件」(98年)などで有名だ。中国ではヒ素を含んだ地層からくみ上げた水が飲料水としても使われているといわれる。水が蒸発するとヒ素がほこりや砂粒に付着して空気中に巻き上げられ、拡散する……一部の研究者の間ではこうした懸念が持たれているのだ。
「中国では経済発展とともに水の需要が高まっています。地下水をくみ上げすぎたため水位が下がり、いままで掘っていなかった深さまで井戸を掘るようになったのです」(岩坂氏)
「春の風物詩」として有名な黄砂も厄介なようだ。洗濯物や車を汚すだけではない。中国の砂漠地帯を起源とする黄砂自体、アレルギー疾患を悪化させるが、最近の研究で、黄砂の一部には砂漠で生息する微生物、すなわち細菌の一種までくっついていることがわかった。長年、黄砂を研究してきた先の岩坂氏によれば、中国の内陸部・敦煌の上空と日本の北陸地方の上空で、それぞれ採取した微生物のDNAを比較したところ、ほぼ同じだったという。
「大気中の微生物は紫外線などによって死滅すると一般的には考えられていますが、ある種の黄砂には微生物が生存するためのミネラルや水分を含んでいるものがあります」(同)
黄砂のアレルギー疾患への影響を研究している大分県立看護科学大学の市瀬孝道教授もこう指摘する。「黄砂は『生きた微生物を運ぶ箱舟』といわれています」
市瀬氏によれば、北陸地方で気球を上げて採取した黄砂を調べた結果、キノコ菌の一種が含まれていたという。「動物実験で、この菌がぜんそくやアレルギーを悪化させることがわかりました」(市瀬氏)
黄砂に付着している別の微生物が、8週間以上もせきが続く「慢性咳嗽(がいそう)」の原因になっているとも疑われているそうだ。
このほか、牛などの家畜がかかる伝染病・口蹄疫(こうていえき)ウイルスも、海上では250キロも風で飛んだという海外の研究報告もある。黄砂に付着して中国から飛来する可能性を指摘する研究者もいるという。
中国大陸の東に位置する日本は、中国から偏西風に乗って飛んでくるさまざまな物質の影響を常に受ける運命にある。有害物質の排出における“厄介な隣人”の意識の低さは問われなければならないが、日本においてもまだまだ危機感が足りないようだ。なにしろ、「越境」する汚染物質にどのようなものがあるか、いまとなっても全貌がつかめていない。研究態勢の充実が望まれる。
※週刊朝日 2013年5月3・10日号
まずは水銀。滋賀県立大学などの研究チームによって、富士山頂や屋久島など山岳部の大気中から高濃度の水銀が検出された。最大で市街地の平均の10倍以上もの濃度だった。中国大陸から気団が入ってくるときに濃度が上昇していることなどから、研究チームは中国で排出された水銀が飛来すると考えている。水銀は中国やインドなど新興国での使用が増えており、国連環境計画によると、大気への排出量は世界全体で年間約1960トン(2010年)と推定され、このうち約3割を中国が占めるという。
そもそも水銀は水俣病の原因物質として知られているが、金の採掘などでも広く使われている。常温では液体だが、気化しやすい特徴がある。
「大気中の水銀が酸化すると雨に取り込まれ地上に落ちてくる。水域に入ると植物プランクトンなどに取り込まれる。そして食物連鎖を通じて高濃度に濃縮されたものが最終的に人間の口に入ってしまいます」(滋賀県立大の永淵修教授)
こうした過程で水銀がメチル水銀に変化し、胎児や乳幼児に脳神経細胞の発育障害などの健康被害をもたらすことが世界的に問題視されている。いったん大気中に排出されると世界中に拡散してしまうため、水銀の排出を国際的に管理する「水俣条約」の採択に向け、現在、政府間で交渉しているところだ。
さらに、先の永淵教授によれば、液晶パネルなどに使われるレアメタルのインジウムやアンチモンなども日本に流れてきているという。インジウムはじん肺の原因となる。液晶パネル工場などで働く人の肺の一部が繊維状になることがある。
東北大学などの調査によって、青森県、岩手県、秋田県にまたがる十和田八幡平国立公園の湖の泥に含まれるインジウムやアンチモンなどの金属が急増していることが昨年12月、明らかになったばかりだ。研究チームは、こうした中国由来の金属汚染が東北全体に及んでいる可能性もあるとする。
まだある。滋賀県立大の岩坂泰信理事は「ヒ素にも警戒を要する」と言う。ヒ素といえば、粉ミルクに混入して多数の死者を出した「森永ヒ素ミルク事件」(1955年)や、「和歌山毒カレー事件」(98年)などで有名だ。中国ではヒ素を含んだ地層からくみ上げた水が飲料水としても使われているといわれる。水が蒸発するとヒ素がほこりや砂粒に付着して空気中に巻き上げられ、拡散する……一部の研究者の間ではこうした懸念が持たれているのだ。
「中国では経済発展とともに水の需要が高まっています。地下水をくみ上げすぎたため水位が下がり、いままで掘っていなかった深さまで井戸を掘るようになったのです」(岩坂氏)
「春の風物詩」として有名な黄砂も厄介なようだ。洗濯物や車を汚すだけではない。中国の砂漠地帯を起源とする黄砂自体、アレルギー疾患を悪化させるが、最近の研究で、黄砂の一部には砂漠で生息する微生物、すなわち細菌の一種までくっついていることがわかった。長年、黄砂を研究してきた先の岩坂氏によれば、中国の内陸部・敦煌の上空と日本の北陸地方の上空で、それぞれ採取した微生物のDNAを比較したところ、ほぼ同じだったという。
「大気中の微生物は紫外線などによって死滅すると一般的には考えられていますが、ある種の黄砂には微生物が生存するためのミネラルや水分を含んでいるものがあります」(同)
黄砂のアレルギー疾患への影響を研究している大分県立看護科学大学の市瀬孝道教授もこう指摘する。「黄砂は『生きた微生物を運ぶ箱舟』といわれています」
市瀬氏によれば、北陸地方で気球を上げて採取した黄砂を調べた結果、キノコ菌の一種が含まれていたという。「動物実験で、この菌がぜんそくやアレルギーを悪化させることがわかりました」(市瀬氏)
黄砂に付着している別の微生物が、8週間以上もせきが続く「慢性咳嗽(がいそう)」の原因になっているとも疑われているそうだ。
このほか、牛などの家畜がかかる伝染病・口蹄疫(こうていえき)ウイルスも、海上では250キロも風で飛んだという海外の研究報告もある。黄砂に付着して中国から飛来する可能性を指摘する研究者もいるという。
中国大陸の東に位置する日本は、中国から偏西風に乗って飛んでくるさまざまな物質の影響を常に受ける運命にある。有害物質の排出における“厄介な隣人”の意識の低さは問われなければならないが、日本においてもまだまだ危機感が足りないようだ。なにしろ、「越境」する汚染物質にどのようなものがあるか、いまとなっても全貌がつかめていない。研究態勢の充実が望まれる。
※週刊朝日 2013年5月3・10日号
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国水研 年報より
Hg(p)濃度の変動を見ると、12 日から15 日までと比べて16 日以降に濃度が2.0~2.5 倍高かった。16 日前後で地上の風向風速に変化はなかったため、地上の放出源の影響を受けた可能性は低い。そこで、12 日から19 日までの上空の空気塊の履歴を後方流跡線解析により調べた(図5)。その結果、12 日から15日にかけては空気塊が日本列島付近もしくは太平洋を経由して水俣市上空に到達していた。
一方、16 日以降は空気塊がアジア大陸を経由して水俣市上空に到達していたことがわかった。そのため、16 日以降のHg(p)濃度の上昇はアジア大陸由来物質の影響によるものと推察される。
晩秋から冬季、春季にかけては大陸由来の気団が日本列島に到達する頻度が多いことから、冬季から春季におけるHg(p)濃度の増大要因の一つとしてアジア大陸で放出された水銀の影響が考えられる。
五島市におけるPHg 濃度は福岡市よりも低かっ
たが、約100km 東側の平戸市や水俣市の濃度に比べて約2 倍高かった。
たが、約100km 東側の平戸市や水俣市の濃度に比べて約2 倍高かった。
観測期間中の毎日9 時に各地点を起点とする気塊の履歴を後方流跡線解析で調べたところ、全期間にわたってアジア大陸からの気塊が九州地方に到達していた。
五島市の観測点は市街地からも離れており、周辺に水銀の放出源は存在しないことから、アジア大陸由来物質の影響を受けて
いる可能性がある。
いる可能性がある。
観測期間中には3 月8 日~9 日、3 月16 日~18日の間に降水現象がみられ、そのときにPHg 濃度が低かった。降水時のデータを除いてTGM濃度とPHg濃度との相関関係を調べたところ、福岡市2 地点のみで両者の間に両者の有意な相関がみられた(福岡大学:r=0.88, P<0.01, N=8、福岡東部:r=0.79, P<0.01,N=9)。
このような相関関係は2010 年12 月の観測でもみられており、都市域で特徴的な現象である可能性がある。