南海トラフ地震対策
<1> 南海トラフ地震対策の必要性
駿河湾から九州にかけての太平洋沖のフィリピン海プレートと日本列島側のユーラシアプレートが接する境界に南海トラフは形成されている。南海トラフでは、100年から150年程度の周期でマグニチュード8クラスの海溝型地震が発生しており、東海、東南海、南海地震の三つの震源域が同時あるいは一定の時間差をもって動くことによる地震が過去生じている。
近年では、安政元年(1854年)に安政東海地震と安政南海地震が、昭和19年(1944年)に昭和東南海地震が、昭和21年(1946年)に昭和南海地震が発生している。東海地震の領域は発生から160年が経っており、また、東南海・南海地震については前回地震から60年余りが経過していることから、今世紀前半にもこの地域での地震の発生が懸念されている。
1600年以降に南海トラフで発生した巨大地震
<2> 地震・津波の想定の見直し
従来の南海トラフで発生する大規模な地震の想定は、過去に発生した地震と同様な地震に対して備えることを基本として、過去数百年に発生した地震の記録を再現することを念頭に地震モデルを構築してきた。しかし、地震・津波対策専門調査会の考え方に基づき、最大クラスの地震・津波について検討を進めていくことが必要となった。これにより、科学的知見に基づき想定すべき最大クラスの地震・津波を検討するため、内閣府に「南海トラフの巨大地震モデル検討会」を設置した(平成23年8月)。
検討会では、まず、南海トラフで発生した過去の地震について、古文書調査、津波堆積物調査、遺跡の液状化痕跡調査及び地殻変動調査を整理した結果、現時点の資料では過去数千年間に発生した地震・津波を再現しても、それが今後発生する可能性のある最大クラスの地震・津波とは限らないため、地震学的知見を踏まえた、あらゆる可能性を考慮した巨大地震モデルを構築することとした。
また、構築した最大クラスの地震モデルに基づき、震度分布と津波高・浸水域の推計を行った。
この推計は、現時点の最新の科学的知見に基づき、発生しうる最大クラスの地震・津波を推計したものである。この最大クラスの地震・津波は、南海トラフ沿いにおいて次に起こる地震・津波を予測したものではなく、その発生時期を予測することは出来ないが、その発生頻度は極めて低いものであることに留意する必要がある。
<3> 最大クラスの地震の震源域・震度分布・津波高等の推計結果
検討会では、プレート境界の形状等の断層モデルに係る科学的知見を踏まえ、最大クラスの想定震源断層域を設定した(平成23年12月)。中央防災会議が平成15年に公表した従前の東海・東南海・南海地震の想定震源断層域よりも大きく拡大することとなった。
南海トラフの巨大地震の新たな想定震源断層域
また、同検討会は、最大クラスの震度分布・津波高・浸水域等(10mメッシュ)の推計結果を第2次報告として取りまとめた(平成24年8月29日)。
震度分布については、強震波形計算による震度分布4ケース及び経験的手法による震度分布1ケースの計5ケースを推計した。防災対策の前提とすべき震度分布は、これらの震度の最大値の分布図とした。その結果は、図表1-1-39のとおりで、関東から四国・九州にかけて極めて広い範囲で強い揺れが想定される。
具体的には、震度6弱が想定される地域は21府県292市町村、震度6強が想定される地域は、21府県239市町村、震度7が想定される地域は10県151市町村である(市町村数には政令市の区を含む(以下同じ))。
図表1-1-39 震度の最大値の分布図
津波高・浸水域については、津波断層モデルを設定し、「基本的な検討ケース」(計5ケース)と「その他派生的な検討ケース」(計6ケース)の計11ケースで行った。結果を概観すると、津波高は、大きな断層すべりの領域(大すべり域、超大すべり域)が設定された地域が他に比べ高くなっている。
ケース<1>の津波高の平均値(満潮位)の高さ別市町村数は、5m以上は124市町村(13都県)、10m以上:21市町村(5都県)である。
浸水域は、極めて広い範囲が想定され、最大となるケースは約1,015km2である。「駿河湾~紀伊半島沖」に大きな被害が想定されるケース<1>の浸水面積別市町村数は、1,000ha以上2,000ha未満が17市町村、2,000ha以上3,000ha未満が5市町村、3,000ha以上が2市町村である。
最大クラスの津波高
<4> 今後の推計予定
「南海トラフの巨大地震モデル検討会」では、超高層ビル等と共振して被害をもたらすおそれのある、長周期地震動等について検討を進めている。
<5> 被害想定結果及び最終報告
「南海トラフの巨大地震モデル検討会」による震度分布や津波高等の推計結果を受けて、中央防災会議「防災対策推進検討会議」の下に新たに「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」を設置した(平成24年3月7日)。このワーキンググループにおいて、7月に津波に強い地域構造の構築や安全で確実な避難の確保等を内容とする中間報告を、8月に人的被害・建物被害の想定結果を、平成25年3月に経済被害等の想定結果を、5月に最終報告を取りまとめた。
平成24年8月 人的被害・建物被害の想定
図表1-1-42 平成25年3月 経済被害等の想定
南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ最終報告の概要
<6> 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法
南海トラフ巨大地震の被害想定等の公表を受け、特に人命を守る観点から、その最大の課題である津波避難対策をはじめハード・ソフト両面からの総合的な地震防災対策の推進を図るため、議員立法により昨年11月、東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法の改正がなされ、法律の対象地震が東南海・南海地震から南海トラフ地震に拡大されるとともに、津波避難対策を充実・強化するための財政上の特例措置等が追加された。
また、国、地方公共団体、ライフライン・インフラ事業者等の関係機関の相互連携を強化することを目的に「南海トラフ巨大地震対策協議会」を設置しているが、「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」の施行に伴い、本協議会が法律に位置付けられたため、今後、法定の協議会への移行に向け、関係者等の調整を図っていくこととしている(図表1-1-44)。
<7> 南海トラフ地震防災対策推進地域及び南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域
平成26年3月28日、南海トラフ巨大地震の震度分布や津波高等を踏まえ、南海トラフ地震に係る地震防災対策を推進すべき地域として1都2府26県707市町村を「南海トラフ地震防災対策推進地域」(図表1-1-45)に、また、南海トラフ地震に伴う津波に係る津波避難対策を特別に強化すべき地域として1都13県139市町村を「南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域」(図表1-1-46)に指定した。
<8> 南海トラフ地震防災対策推進基本計画
平成26年3月28日、政府は、「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」に基づき、「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」を中央防災会議において決定した(図表1-1-47)。同計画においては、南海トラフ地震防災対策の基本的な方針として、極めて広域にわたって強い揺れと巨大な津波が発生するなどの南海トラフ地震の特徴を踏まえ、国、公共機関、地方公共団体、事業者、住民など様々な主体が連携し、計画的かつ速やかに、ハードとソフトを組み合わせた総合的な防災対策を推進することとしている。
また、この方針を踏まえて、今後10年間で達成すべき減災目標を、死者数を概ね8割、建物被害を概ね5割減少させることとし、建築物の耐震化・不燃化や津波ハザードマップの作成、地域コミュニティの防災力の向上といった減災目標を達成するための具体的な施策をその目標及び達成期間とともに示している。
本計画に基づき、地方公共団体等において、「南海トラフ地震防災対策推進計画」及び「津波避難対策緊急事業計画」が作成されるとともに、民間の施設管理者等において「南海トラフ地震防災対策計画」が作成されることとなる。内閣府においては、これらの計画が速やかに作成されるよう、必要な助言などの支援を行うとともに、本計画の適切なフォローアップを通じて、関係者が一体となった南海トラフ地震対策の推進を図っていくこととしている。