水銀に関する水俣条約を踏まえた今後の水銀対策について(第一次答申)
平成26 年12 月22 日
中央環境審議会
平成26 年12 月22 日
中央環境審議会
目次
1.はじめに
1.はじめに
2.検討の前提
2-1.水銀のリスク
2-2.我が国における水銀対策の取組状況
2-3.水俣条約の概要
2-1.水銀のリスク
2-2.我が国における水銀対策の取組状況
2-3.水俣条約の概要
3.今後の水銀対策のあり方
3-1.水銀対策の検討の基本的考え方
3-2.水銀の採掘
3-3.水銀及び水銀化合物の輸出入
(1) 基本的考え方
(2) 規制の対象物質
(3) 対象用途・対象国
3-1.水銀対策の検討の基本的考え方
3-2.水銀の採掘
3-3.水銀及び水銀化合物の輸出入
(1) 基本的考え方
(2) 規制の対象物質
(3) 対象用途・対象国
3-4.水銀添加製品
(1) 基本的考え方
(2) 対象とする水銀添加製品の品目
(3) 製造・輸出入禁止の措置
(4) 使用の段階的抑制の措置
(5) 国内で流通する製品に対する措置
(6) その他
(1) 基本的考え方
(2) 対象とする水銀添加製品の品目
(3) 製造・輸出入禁止の措置
(4) 使用の段階的抑制の措置
(5) 国内で流通する製品に対する措置
(6) その他
3-5.水銀使用製造工程
3-6.零細及び小規模の金採掘(ASGM)
3-7.水銀等の環境上適正な暫定的保管
(1) 基本的考え方
(2) 管理指針
(3) 保管の報告
(4) その他
(1) 基本的考え方
(2) 管理指針
(3) 保管の報告
(4) その他
3-8.水銀廃棄物
(1) 基本的考え方
(2) 管理指針
(1) 基本的考え方
(2) 管理指針
(3) その他
3-9.実施計画
3-10.雑則、罰則
4.今後の課題
<参考> 報告書各項目の取組のマッピング(我が国のマテリアルフローにおける位置付け)
<参考> 報告書各項目の取組のマッピング(我が国のマテリアルフローにおける位置付け)
1.はじめに
昭和31(1956)年、熊本県水俣市における化学工場から排出されたメチル水銀化合物に汚染
された魚介類を食べることによって起きた中毒性の神経系疾患である水俣病が公式に確認され、
昭和40(1965)年には新潟県鹿瀬町(現阿賀町)において同様の病状が確認された(新潟水俣
病)。我が国において有機水銀に起因する環境汚染により引き起こされた水俣病という健康被害
と自然環境破壊は、その拡がりと深刻さにおいて我が国の歴史上類例がない公害であり、地域社
会全体にも長期にわたり大きな負の遺産を残すこととなった。
水俣病の被害の深刻化を防止できなかった背景には、我が国がまさに戦後の復興から高度経済
成長期に入ろうとしていた時期の、経済成長を優先し人の健康と環境への配慮を欠いた原因企業や
国等の行動があると言わざるを得ない。
その後我が国では昭和45(1970)年のいわゆる「公害国会」において公害対策関係の
14 本の法律が制定及び改正されたのをはじめ、国、地方自治体、産業界、市民団体及び住民と
いった様々な主体が関与して環境保全対策が順次強化されてきたが、我が国は、水俣病の教訓を
後世に語り継ぐとともに、世界のどの地域でもこのような悲惨な公害健康被害を二度と繰り返さ
ないようにあらゆる努力を払わなければならない。
14 本の法律が制定及び改正されたのをはじめ、国、地方自治体、産業界、市民団体及び住民と
いった様々な主体が関与して環境保全対策が順次強化されてきたが、我が国は、水俣病の教訓を
後世に語り継ぐとともに、世界のどの地域でもこのような悲惨な公害健康被害を二度と繰り返さ
ないようにあらゆる努力を払わなければならない。
国際的には今もなお水銀による地球規模での環境汚染や健康被害が懸念されている状況は変
わっておらず、むしろその懸念は高まりつつある。国連環境計画(以下「UNEP」という。)は
平成14(2002)年、「世界水銀アセスメント(Global Mercury Assessment Report)1」を公表
し、
①水銀の環境中濃度が産業革命以降に世界的規模で急激に増加していること、
②様々な人為発生源から環境中に排出され、分解されることなく地球規模で循環・蓄積し続けること、
③毒性が強く特にヒトの発達途上(胎児、新生児、小児)の神経系に有害であること、
④世界的な取組により人為的な排出の削減が必要であること等を指摘した。
このような中で、UNEP の主導の下で水銀による地球規模の環境汚染と健康被害を防止するための
取組を強化することが検討され、平成21(2009)年のUNEP 管理理事会決定を経て具体的な条約交渉が
開始されることとなり、平成25(2013)年10 月、熊本市及び水俣市において我が国が議長国を務めて
開催された外交会議において「水銀に関する水俣条約(Minamata Convention on Mercury)(以下「条約」
という。)」が全会一致で採択され、我が国を含む92 の国と地域が条約に署名した(条約発効要件:
50 ヶ国が締結して90 日後。平成26(2014)年11 月現在、8ヶ国が締結、128 ヶ国が署名。)。
50 ヶ国が締結して90 日後。平成26(2014)年11 月現在、8ヶ国が締結、128 ヶ国が署名。)。
水銀及び水銀化合物の人為的な排出及び放出から人の健康及び環境を保護することを目的と
する条約の早期発効を実現させるため、水俣病の経験を有する我が国が早期に条約を締結すべく、
平成26(2014)年3 月17 日に中央環境審議会に「水銀に関する水俣条約を踏まえた今後の水銀
対策について」が諮問され、環境保健部会及び関係の部会に対し付議された。また、同年5 月
23 日に、産業構造審議会製造産業分科会化学物質政策小委員会に、「水銀に関する水俣条約」の
する条約の早期発効を実現させるため、水俣病の経験を有する我が国が早期に条約を締結すべく、
平成26(2014)年3 月17 日に中央環境審議会に「水銀に関する水俣条約を踏まえた今後の水銀
対策について」が諮問され、環境保健部会及び関係の部会に対し付議された。また、同年5 月
23 日に、産業構造審議会製造産業分科会化学物質政策小委員会に、「水銀に関する水俣条約」の
1
国内担保に関する検討等を行うため、「制度構築ワーキンググループ」が設置された。これを受
け、「産業構造審議会製造産業分科会化学物質政策小委員会制度構築ワーキンググループ」と「中
央環境審議会環境保健部会水銀に関する水俣条約対応検討小委員会」の合同会合により、平成
26(2014)年5 月から検討が開始された。なお、水銀の大気排出に関する事項及び水銀廃棄物
対策に関する事項は、それぞれ中央環境審議会大気・騒音振動部会水銀大気排出抑制対策小委員
会及び同審議会循環型社会部会水銀廃棄物適正処理検討専門委員会において審議されている。
け、「産業構造審議会製造産業分科会化学物質政策小委員会制度構築ワーキンググループ」と「中
央環境審議会環境保健部会水銀に関する水俣条約対応検討小委員会」の合同会合により、平成
26(2014)年5 月から検討が開始された。なお、水銀の大気排出に関する事項及び水銀廃棄物
対策に関する事項は、それぞれ中央環境審議会大気・騒音振動部会水銀大気排出抑制対策小委員
会及び同審議会循環型社会部会水銀廃棄物適正処理検討専門委員会において審議されている。
我が国は、水銀による深刻な被害を経験した国として、水銀及び水銀化合物のライフサイクル
全般にわたって包括的に規制する条約の策定を一貫して支持し、その成立に向けた取組に貢献し
てきた。また、条約の成立を受け、条約に地名を冠された国として世界から水銀被害をなくすた
めに先頭に立って力を尽くす役割がある。こうした経緯も踏まえ、条約の早期締結及びグローバ
ルな「マーキュリー・ミニマム」の環境を構築することを目指し、我が国が持つ技術と経験を活
用した先駆的取組も含めた今後の水銀対策のあり方について取りまとめた。
全般にわたって包括的に規制する条約の策定を一貫して支持し、その成立に向けた取組に貢献し
てきた。また、条約の成立を受け、条約に地名を冠された国として世界から水銀被害をなくすた
めに先頭に立って力を尽くす役割がある。こうした経緯も踏まえ、条約の早期締結及びグローバ
ルな「マーキュリー・ミニマム」の環境を構築することを目指し、我が国が持つ技術と経験を活
用した先駆的取組も含めた今後の水銀対策のあり方について取りまとめた。
UNEP (2002), “Global Mercury Assessment Report 2002” ,
http://www.chem.unep.ch/mercury/Report/GMA-report-TOC.htm
http://www.chem.unep.ch/mercury/Report/GMA-report-TOC.htm
2.検討の前提
2-1.水銀のリスク
2-1.水銀のリスク
UNEPの報告2によれば、水銀及び水銀化合物は、
①火山活動、岩石の風化等の自然現象、
②化石燃料(特に石炭)の燃焼、零細及び小規模の金採掘、セメント・塩化物・苛性ソーダ製造業、
歯科医業や廃棄物の焼却等の人間の活動、
③土壌、水域及び植物に蓄積されたものからの再放出
等によって環境中に排出される。
等によって環境中に排出される。
また、地球規模で見た場合、現在の人為的排出源からの排出量は、自然起源、再排出・再移動
等を含む大気への水銀の年間排出量全体(5,500~8,900 トン)の約30%を占める。その他10%
は地質活動による自然起源、残り(60%)は、一度放出され土壌の表面や海洋に何十年、何世紀
にもわたって蓄積した水銀の再放出によるものである(図1)。この再放出された水銀の最初の
排出源を確実に特定することはできないが、約200 年前の産業革命以降、人為的排出が自然由来
よりも大きいという事実は、再放出された水銀の大部分が元々人為的排出に起因することを意味
している(図2)。このように、現在の水銀の人為的排出源を削減することは、環境中を循環す
る水銀量を削減するために極めて重要である。
等を含む大気への水銀の年間排出量全体(5,500~8,900 トン)の約30%を占める。その他10%
は地質活動による自然起源、残り(60%)は、一度放出され土壌の表面や海洋に何十年、何世紀
にもわたって蓄積した水銀の再放出によるものである(図1)。この再放出された水銀の最初の
排出源を確実に特定することはできないが、約200 年前の産業革命以降、人為的排出が自然由来
よりも大きいという事実は、再放出された水銀の大部分が元々人為的排出に起因することを意味
している(図2)。このように、現在の水銀の人為的排出源を削減することは、環境中を循環す
る水銀量を削減するために極めて重要である。
UNEP の報告3によれば、産業革命前から現在までの約一世紀半の間に北極圏の海洋動物中の
水銀濃度は十数倍に増加しており、この増加は人為的排出に起因していると考えられている。ま
た、環境中への水銀排出が現状のレベルのままであっても、今後数十年間以上にわたって特に海
洋の上層部における水銀濃度が増加し続けると予測されている。
水銀濃度は十数倍に増加しており、この増加は人為的排出に起因していると考えられている。ま
た、環境中への水銀排出が現状のレベルのままであっても、今後数十年間以上にわたって特に海
洋の上層部における水銀濃度が増加し続けると予測されている。
さらに、水銀は水中においてバクテリアの働き等によりメチル水銀へと変換され、食物連鎖を通じた
生物濃縮等によって大型の海洋動物等の体内に高濃度に蓄積されることから、人為的排出源から
離れた北極圏等の地域においても水銀摂取量が暫定耐容量(FAO/WHO)4を超える人口集団が
存在すること、また、一部のイヌイット族では水銀ばく露の高い子供ほど注意欠陥多動性障害と
診断されやすい傾向があること等が示されている。
我が国では、厚生労働省が平成17(2005)年に「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意
事項(2010 年改訂)」を取りまとめ、妊婦が注意すべき魚介類の種類とその摂取量の目安等を設
定するとともに(例:キンメダイ等は週一回(80g)まで、など)、正確な理解のための「Q&A」
を公表した5。同「Q&A」の中で、平成11(1999)~20(2008)年の一日摂取量調査の結果、
日本人が現在食品から摂取している水銀の量は、摂取している水銀を全てメチル水銀と仮定した
場合、食品安全委員会が設定した妊婦を対象としたメチル水銀の耐容量の57%に当たることが示
された(食品全体からの水銀摂取に占める魚介類からの摂取の割合は約9割であった)。なお、
同「Q&A」では、当該耐容量に関して、懸念される胎児に与える影響を十分保護できる量であ
ることから、平均的な食生活をしている限り健康への影響について懸念されるようなレベルでは
ないとの考え方が示されている。
場合、食品安全委員会が設定した妊婦を対象としたメチル水銀の耐容量の57%に当たることが示
された(食品全体からの水銀摂取に占める魚介類からの摂取の割合は約9割であった)。なお、
同「Q&A」では、当該耐容量に関して、懸念される胎児に与える影響を十分保護できる量であ
ることから、平均的な食生活をしている限り健康への影響について懸念されるようなレベルでは
ないとの考え方が示されている。
2-2.我が国における水銀対策の取組状況
水俣病による甚大な被害を経験した後、我が国では、国、地方公共団体、産業界、市民団体及
び住民がそれぞれの役割を担いながら一体となって以下のような水銀対策に取り組んできた。
水銀対策の法令整備:
水俣病による甚大な被害を経験した後、我が国では、国、地方公共団体、産業界、市民団体及
び住民がそれぞれの役割を担いながら一体となって以下のような水銀対策に取り組んできた。
水銀対策の法令整備:
公害対策基本法(昭和42 年法律第132 号)及び
環境基本法(平成5 年法律第91 号)に基づく環境基準等の目標値設定、
水質汚濁防止法(昭和45 年法律第138 号)、
土壌汚染対策法(平成14 年法律第53 号)等における水銀排出等規制、
大気汚染防止法(昭和43 年法律第97 号)における有害大気汚染物質対策、
廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45 年法律第137 号)による水銀廃棄物の適正処理の確保、
外国為替及び外国貿易法(昭和24 年法律第228 号)等による水銀及び
外国為替及び外国貿易法(昭和24 年法律第228 号)等による水銀及び
水銀化合物の輸出承認手続、特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律(平成4 年法律第108 号)
による越境移動管理 等
による越境移動管理 等
水銀代替・削減技術等:
塩素アルカリ製造やアセトアルデヒド製造等の製造工程の無水銀化(水銀を使わない製造工程への転換)、
水銀添加製品の水銀使用代替・削減の促進、
無水銀・低水銀製品市場の形成 等
無水銀・低水銀製品市場の形成 等
水銀リサイクルシステムの構築:
地方自治体と住民が連携した乾電池や蛍光管等の水銀添加製品の分別収集、
産業界における水銀添加製品の分別収集、水銀添加製品メーカーによる製品の自主回収、
優れた技術による水銀回収 等
その結果、昭和39(1964)年のピーク時には約2,500 トンに達した我が国の水銀需要は、そ
の後大きく減少し、近年は10 トン程度で推移している(図3)。また、国内の水銀フロー(図4)
は、原燃料に含まれる不純物として70 トン程度が、また水銀合金や水銀添加製品の形でそれぞ
れ数トン程度が輸入され、原燃料や廃棄物に含まれる水銀についてリサイクルが行われ、国内需
要を上回る部分は輸出されている(70 トン程度)。
の後大きく減少し、近年は10 トン程度で推移している(図3)。また、国内の水銀フロー(図4)
は、原燃料に含まれる不純物として70 トン程度が、また水銀合金や水銀添加製品の形でそれぞ
れ数トン程度が輸入され、原燃料や廃棄物に含まれる水銀についてリサイクルが行われ、国内需
要を上回る部分は輸出されている(70 トン程度)。
なお、国内における水銀鉱山は1970 年代までにすべて閉山し、現在では国内での一次採掘は行われていない。
2-3.水俣条約の概要
条約は、我が国が経験した水俣病の重要な教訓も踏まえ、水銀及び水銀化合物の人為的な排出
及び放出から人の健康及び環境を保護することを目的とし、水銀の採掘、輸出入、使用、環境へ
の排出・放出、廃棄等、そのライフサイクル全般にわたって包括的な規制を締約国に求めるもの
である。条約の概要は下表のとおりである。
条約は、我が国が経験した水俣病の重要な教訓も踏まえ、水銀及び水銀化合物の人為的な排出
及び放出から人の健康及び環境を保護することを目的とし、水銀の採掘、輸出入、使用、環境へ
の排出・放出、廃棄等、そのライフサイクル全般にわたって包括的な規制を締約国に求めるもの
である。条約の概要は下表のとおりである。
表 水俣条約の主な規定事項の概要
前文 水銀のリスクの再認識、水俣病の重要な教訓 等
目的(第1 条) 水銀及び水銀化合物の人為的な排出及び放出から人の健康及び環境を保護
定義(第2 条) 用語の定義
供給及び貿易(第3 条) 鉱山からの水銀の採掘及び国際貿易の規制
水銀添加製品(第4 条) 水銀添加製品(電池、スイッチ、ランプ、計測機器(体温計、血圧計を含む)など)
の製造・輸出入の規制
製造工程(第5 条) 特定の製造工程における水銀及び水銀化合物使用の規制
適用除外(第6 条) 附属書A及びBに掲げる製造等禁止期限の適用除外の登録
零細及び小規模の金採掘(第7 条) 零細及び小規模の金採掘における水銀及び水銀化合物使用の削減
大気への排出(第8 条) 大気への排出の規制、排出目録の作成
水・土壌への放出(第9 条) 水・土壌への放出の規制、放出目録の作成
暫定的保管(第10 条) 水銀及び水銀化合物の環境上適正な暫定的保管
水銀廃棄物(第11 条) 水銀廃棄物の環境上適正な方法による管理
汚染サイト(第12 条) 水銀により汚染された場所の特定、評価
資金・技術支援(第13, 14 条) 資金源及び資金メカニズム、技術支援等
普及啓発、研究等(第15~22 条) 情報交換、公衆の情報・注意喚起と教育、研究・開発とモニタリ
ング、健康的側面、実施計画、報告、有効性の評価
ング、健康的側面、実施計画、報告、有効性の評価