【写真;栗東RD産廃場頂上部から琵琶湖方面を見る。汚物が放置されたままの強者どもがユメのアトに立って…気がメ入るばかり。中世・山城の本丸平場てきなゴミ山山頂からの展望は湖岸の市街地につづき、遠く湖を隔てて湖西山地が望めるのか】
仙台から伊丹に飛んで、レンタカーで一ッ走り。
温暖化ガスをまき散らしての栗東イダテン訪問でした。
栗東RD産廃って…竹の内と違って丘陵の上に汚物を積み上げた…地下水汚染がすぐ現れる…
新興団地に囲まれた産廃場なのではないか。
竹の内運動の初期に催した三大汚染産廃合同学習会以来、講演いただいた高谷先生に頼って
姉妹運動団と思いを寄せてきて…先生の著書や報道で知ったつもり、google earth
で何度も上空から偵察して、想像してきたその似て非なる異境へのオンミツ帰還。
RD産廃場の現実のたたずまいとあるべきをこの目で確かめたかった。
地元の人たちの環境再生にかける心意気とやり方、実際の体温を肌で感じたかった。
滋賀県の対応のしかたと宮城のそれを対比して誰がどう再生を仕切るのかを探りたかった。
傍聴席の後ろに黙ってすわって、汚物処理をめぐる各地の紛争の現場で‘このクニの来し方、行
く末’を感じたかった。
いま、竹の内以上の怒号が飛び交う滋賀県版ゴミ不始末紛争のMDを聞きながら…短い旅の中で
出会って言葉を交わしあった大勢の‘普通のトテモいい人たち’と、滋賀県にも居た‘ネクタイ
ケツネ(可哀想に…怒号に耐えることをメシのたねにするひと)たち’の変わり映えのしない
‘お客さんブリ’を思っています。
あの会場の参加150名の中で、一番のお客人であるハズの私たち竹の内二人組より、はるかに
不気味に、当事者で、‘能面’を気取る‘亭主’になれないお客官人たち。
ある意味、滋賀県も宮城県もネッコはおんなじ。
それは大元を決めるクニの姿勢の問題。でも地方の時代を言うならば、知事はクニに県民を代表
してもの言わねばならない。それが出来ない地方の時代なんてまやかしです。
国政選挙はマケ組を屠る熱狂事ではなく、私たち普通ジンが主人公だと宣言する機会だし、
地方選挙はクニの下達吏を担ぎ出すお祭りではないのだとまず気付きました。
‘百年に一度のミゾユウの危機’を期に、勝ち組がイナオル客人国ではなく…普通の人がふつう
に生きる…空気と水のうまいクニをまずしつらえなければネ。
あまりにも収穫大のイダテン・トリップでした。
小出しに、吟味して、書いていきます。