琵琶湖の保全及び再生に関する特別措置法案
第一八六回
衆第四〇号
琵琶湖の保全及び再生に関する特別措置法案
(目的)
第一条 この法律は、琵琶湖が、我が国最大の湖であり、近畿圏において治水上又は利水上重要な役割を担っているのみならず、多数の固有種が存在する等豊かな生態系を有し、貴重な自然環境及び水産資源の宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであるにもかかわらず、その保全及び再生を図ることが困難な状況にあることに鑑み、琵琶湖の保全及び再生に関する基本方針を定めるとともに、琵琶湖の保全及び再生に関し実施すべき施策に関する計画を策定し、その実施を推進する等の特別の措置を講ずることにより、国民的資産である琵琶湖を健全で恵み豊かな湖として保全及び再生を図り、もって近畿圏における住民の健康な生活環境の保持その他の近畿圏の健全な発展に寄与することを目的とする。
(基本方針)
第二条 主務大臣は、琵琶湖の保全及び再生に関し実施すべき施策(以下「琵琶湖保全再生施策」という。)を推進するため、琵琶湖の保全及び再生に関する基本方針(以下単に「基本方針」という。)を定めなければならない。
2 基本方針においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
一 琵琶湖の保全及び再生に関する基本的な指針
二 琵琶湖保全再生施策に関する基本的な事項
三 その他琵琶湖の保全及び再生に関する重要事項
3 基本方針は、琵琶湖の特性及び琵琶湖をめぐる状況の変化を踏まえつつ、関係地方公共団体が多様な主体の参加と協力を得て策定し、及び実施する琵琶湖保全再生施策について国が必要な支援を行うことを旨として、長期的な観点から、自然環境の保全及び再生を直接の目的とする施策を講ずるのみならず、琵琶湖の環境との調和に配慮して、土地利用、産業の振興、治水及び利水その他自然環境の保全及び再生に関係する分野の施策を講ずることを通じて、総合的かつ効果的に琵琶湖保全再生施策の推進を図ることを基本理念として定めるものとする。
4 主務大臣は、基本方針を定めようとするときは、あらかじめ、関係府県の意見を聴くとともに、関係行政機関の長に協議しなければならない。
5 主務大臣は、基本方針を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。
6 前二項の規定は、基本方針の変更について準用する。
(琵琶湖保全再生計画)
第三条 滋賀県は、基本方針を勘案して、琵琶湖保全再生施策に関する計画(以下「琵琶湖保全再生計画」という。)を定めることができる。
2 琵琶湖保全再生計画においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
一 計画期間
二 琵琶湖の保全及び再生に関する方針
三 国からの財政的援助を含めた琵琶湖保全再生計画を実施するために必要な財源の確保の見通し
四 琵琶湖の保全及び再生のための次に掲げる事項
イ 自然環境の保全及び再生に関する次に掲げる事項
(1) 水の安全の確保のための有害物質による汚染の防止に関する事項
(2) 水質の改善に関する事項
(3) 水源の涵養に関する事項
(4) 生態系の保全及び再生に関する事項
(5) 景観の保全及び整備に関する事項
ロ 農林水産業、観光、交通その他の産業の振興に関する事項
ハ 治水及び利水に関する事項
ニ 琵琶湖保全再生施策に取り組む主体その他琵琶湖保全再生施策の推進体制の整備に関する次に掲げる事項
(1) 住民、事業者、特定非営利活動法人(特定非営利活動促進法(平成十年法律第七号)第二条第二項に規定する特定非営利活動法人をいう。第二十二条において同じ。)等の多様な主体による協働の推進に関する事項
(2) 琵琶湖保全再生施策の推進体制に関する事項
ホ 琵琶湖保全再生施策の実施に資する次に掲げる事項
(1) 調査研究に関する事項
(2) 体験学習を通じた教育その他の教育の充実に関する事項
五 その他琵琶湖の保全及び再生に関し必要な事項
3 琵琶湖保全再生計画は、国土形成計画法(昭和二十五年法律第二百五号)第二条第一項に規定する国土形成計画、近畿圏整備法(昭和三十八年法律第百二十九号)第二条第二項に規定する近畿圏整備計画、湖沼水質保全特別措置法(昭和五十九年法律第六十一号)第四条第一項に規定する湖沼水質保全計画その他の法律の規定による計画であって琵琶湖に関する事項を定めるものと調和が保たれたものでなければならない。
4 滋賀県は、琵琶湖保全再生計画を定めようとするときは、あらかじめ、住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるとともに、関係地方公共団体の意見を聴き、及び主務大臣に協議しなければならない。
5 滋賀県は、琵琶湖保全再生計画を定めたときは、遅滞なく、これを公表するとともに、関係地方公共団体に通知しなければならない。
6 前二項の規定は、琵琶湖保全再生計画の変更について準用する。
(財政上の措置)
第四条 国は、琵琶湖保全再生計画に基づく事業が円滑に実施されるよう、その実施に要する経費について必要な財政上の措置を講ずるものとする。
(地方債についての配慮)
第五条 関係地方公共団体が琵琶湖保全再生計画を達成するために行う事業に要する経費に充てるために起こす地方債については、法令の範囲内において、資金事情及び当該地方公共団体の財政事情が許す限り、特別の配慮をするものとする。
(資金の確保等)
第六条 国は、琵琶湖保全再生計画に基づく事業の実施に関し、必要な資金の確保その他の措置を講ずるよう努めなければならない。
(水の安全の確保のための措置)
第七条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の水の安全を確保することが近畿圏における住民の生活及び事業活動にとって極めて重要であることに鑑み、有害物質による汚染により琵琶湖の水質に重大な影響が及ぶことを防止するために必要な措置を講ずるものとする。
(水質の改善のための措置)
第八条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の水質を改善するため、下水道、浄化槽、農業集落排水施設、農業用用排水施設等の排水処理施設の整備及び管理その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(水源の涵養のための措置)
第九条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の水源の涵養を図るため、森林の保全及び整備その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(水位の調整のための措置)
第十条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の水位を適正に保つため、関係者により構成される協議会の設置等による関係者相互間の連携の確保その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(湖辺の自然環境の保全及び改善等)
第十一条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖における水質の改善並びに生態系の保全及び再生を図るため、ヨシ群落及び内湖(琵琶湖と水路によってつながっている琵琶湖特有の湖沼をいう。)の保全及び再生等の湖辺の自然環境の保全及び再生その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(海外から導入された動植物による被害の防止)
第十二条 国は、琵琶湖におけるオオクチバス、コクチバス、ブルーギルその他の海外から我が国に導入された動植物による生態系及び漁業に係る被害の状況に鑑み、その被害を防止するため、これらの捕獲等の防除が適確に行われるよう、これを行う者に対し必要な支援をするものとする。
2 関係地方公共団体は、琵琶湖におけるオオクチバス、コクチバス、ブルーギルその他の海外から我が国に導入され、生態系及び漁業に被害を及ぼし、又は及ぼすおそれのある動植物の防除を行うよう努めるとともに、その被害の防止に関する啓発活動その他その被害の防止に必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(カワウによる被害の防止)
第十三条 国は、琵琶湖におけるカワウによる著しい漁業及び植生に係る被害の状況に鑑み、その被害を防止するため、広域的な連携のための協議会を設置するとともに、関係地方公共団体に対し、防除の有効な実施に関する技術的な助言、情報の提供その他必要な支援をするものとする。
2 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖におけるカワウによる被害の防止及びその被害に係る自然環境の回復のため、カワウの防除等による個体数の管理、森林の保全及び整備その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(景観の保全及び整備)
第十四条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖が歴史的な景勝地として国民の貴重な財産であることに鑑み、現在及び将来の国民がその恵沢を享受できるよう、その景観の保全及び整備のために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(水草の除去等)
第十五条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖における湖底の底質の保全及び改善、悪臭の防止等による生活環境の改善、漁業環境の改善並びに船舶の航行の安全の確保のため、水草の除去、湖岸に漂着したごみ等の処理、湖底の耕うん、湖底の底質の保全及び改善等に資する水産動物の種苗の放流その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(環境に配慮した農業の普及等)
第十六条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の保全及び再生に資する農業の振興を図るため、環境に配慮した農業の普及、多くの生物を育む水田の整備に対する支援その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(水産資源の適切な保存及び管理等)
第十七条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の環境と調和のとれた持続的な漁業生産活動の振興を図るため、琵琶湖における水産資源の適切な保存及び管理のための措置、水産動物の種苗の放流、漁場の保全及び整備その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(エコツーリズムの推進等)
第十八条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の観光の振興を図るため、エコツーリズムの推進その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(湖上交通の活性化)
第十九条 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖への関心を高めるとともに、琵琶湖周辺の環境負荷の軽減、災害時における旅客又は貨物の輸送の確保等を図るため、湖上交通の活性化のために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(その他の産業の振興のための措置)
第二十条 国及び関係地方公共団体は、第十六条から前条までに定めるもののほか、琵琶湖の環境と調和のとれた産業の振興のために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(治水及び利水)
第二十一条 国及び地方公共団体は、琵琶湖及びその周辺の地域において講ぜられる治水及び利水に関する施策が、治水及び利水の目的を十分に果たし、かつ、琵琶湖の環境と調和したものとなるよう、必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(多様な主体の協働)
第二十二条 国及び関係地方公共団体は、個人、事業者、特定非営利活動法人等の多様な主体が協働して琵琶湖保全再生施策に取り組むことを促進するため、これらの者が琵琶湖保全再生施策に参画することができる機会の提供、これらの者の間の交流の促進その他必要な措置を積極的に講ずるものとする。
(関係者の協力)
第二十三条 主務大臣、関係行政機関の長、関係地方公共団体、関係事業者等は、琵琶湖保全再生計画の実施に関し、相互に連携を図りながら協力しなければならない。
(調査研究)
第二十四条 国は、琵琶湖の自然環境の状況を適切に把握し、琵琶湖保全再生施策の実施の基礎とするため、水質の汚濁の原因、貧酸素水塊の発生機構、カワウの個体数の管理の手法、水草の生態及び損なわれた生態系の状況に関する調査その他の琵琶湖の自然環境に関する調査を行うとともに、その結果を公表するものとする。
2 関係地方公共団体は、国との連携を図りつつ、琵琶湖の自然環境に関する調査を行うとともに、その結果を公表するよう努めるものとする。
3 国及び関係地方公共団体は、前二項の調査の結果を踏まえ、水質の浄化、生態系の保全及び再生等の琵琶湖の自然環境の保全及び再生に関する調査研究の推進並びにその成果の普及等の措置を講ずるよう努めるものとする。
(教育の充実等)
第二十五条 国及び関係地方公共団体は、農業体験、魚を学ぶ体験学習、自然観察会その他の自然を観察する機会の充実、エコツーリズムの推進等を通じて、国民に対する琵琶湖の自然環境に関する教育を充実させるために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
2 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の保全及び再生の重要性についての国民の理解と関心を深めるよう、前項の措置のほか、琵琶湖の保全及び再生に関する広報活動その他の普及啓発、琵琶湖の環境の保全及び再生に関する教育及び学習の振興、琵琶湖の特性を生かした観光の振興その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(琵琶湖の日)
第二十六条 琵琶湖の保全及び再生に対する国民の意識を高めるため、琵琶湖の日を設ける。
2 琵琶湖の日は、七月一日とする。
3 国及び関係地方公共団体は、琵琶湖の日には、その趣旨にふさわしい行事が実施されるよう努めるものとする。
(資料の作成及び公表)
第二十七条 政府は、琵琶湖の保全及び再生の状況並びに政府が琵琶湖の保全及び再生に関して講じた施策に関する資料を作成し、適時に、かつ、適切な方法により公表しなければならない。
(主務大臣)
第二十八条 この法律における主務大臣は、総務大臣、農林水産大臣、国土交通大臣、環境大臣その他の政令で定める大臣とする。
附 則
(施行期日)
1 この法律は、公布の日から施行する。
(見直し)
2 この法律については、この法律の施行の日から五年以内に、この法律の施行の状況を踏まえ、必要な見直しが行われるものとする。
理 由
琵琶湖が、我が国最大の湖であり、近畿圏において治水上又は利水上重要な役割を担っているのみならず、多くの固有種が存在する等豊かな生態系を有し、貴重な自然環境及び水産資源の宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであるにもかかわらず、その保全及び再生を図ることが困難な状況にあることに鑑み、国民的資産である琵琶湖を健全で恵み豊かな湖として保全及び再生を図るため、琵琶湖の保全及び再生に関する基本方針を定めるとともに、琵琶湖の保全及び再生に関し実施すべき施策に関する計画を策定し、その実施を推進する等の特別の措置を講ずる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
琵琶湖再生法が成立 参院可決、保全へ国から財政支援
水草を刈り取る作業員。新法でこうした事業にも国の支援を受けられる可能性が高まる=昨年7月、守山市内で |
琵琶湖の保全に国が財政支援する「琵琶湖の保全及び再生に関する法案」が十六日、参院本会議で可決、成立した。県によると、個別の湖沼を対象にした恒久法はほかになく、琵琶湖を「国民的資産」と位置付けたのが大きな特徴。琵琶湖への財政措置が盛られたのは一九九七年に終了した琵琶湖総合開発特別措置法以来となった。
条文は二十四条。国は関係府県の意見を聞きながら琵琶湖の保全や再生に向けた基本方針を作る。それに沿って県が保全再生計画を作成。事業を実施する上で財政支援を国から受ける。事業に必要な地方債でも「特別な配慮」を受けるとした。
水質汚濁の防止や森林保全など琵琶湖再生を意識して活動に取り組むほか、湖上交通の活性化やエコツーリズムの推進に努めるといった琵琶湖に親しむための規定も盛られた。
新法の目的では「わが国最大の湖。治水や利水の重要な役割のみならず、貴重な自然環境と水産資源の宝庫として後代に継承すべきもの」と触れている。
新法の制定は二〇〇七年、在来魚の減少や水草の大量繁茂など深刻な環境変化を踏まえて議論が始まった。なぜ琵琶湖だけか、といった論点などで難航もしたが、今国会に超党派で議員提案され、八年越しで実現した。
自身も衆院議員時代に制定に向けて活動した三日月大造知事はこの日、国会を訪れ、関係する衆参議員や省長を訪問し、謝意を示した。県庁に戻って記者会見し「県民、琵琶湖にとって歴史的な日。琵琶湖の持つ価値を立法機関が認め、国が保全に関与するのが一番大きい」と述べた。
<県漁業協同組合連合会の窪田雄二専務理事> 琵琶湖の漁獲量は年々下がっている。県もヨシ帯を増やしたり、貝類の復活に取り組んだりしているが、財政的にも限界がある。再生法で国の支援も受けながら在来魚を増やしたり、魚がすみやすい環境が整備されることを期待している。
◆全国モデルを 知事「重い責任」
新法は第一条の目的で「琵琶湖の保全と再生は、湖沼の保全・再生の先駆けとなる」と記した。県がつくる再生計画は他県の注目の的となり、三日月大造知事も「喜びと同時に重い責任を感じる」と口元を引き締めた。
水草の大量繁茂や水質の悪化など、琵琶湖が抱える課題は他の湖沼にも共通する。長野県によると、諏訪湖では数年前から湖面に広がる水草のヒシが大量発生。光が遮られ貧酸素化、湖底のヘドロ化が進んでいる。シジミの産地である島根県の宍道湖も似たような課題があるとされ、国の支援を受ける琵琶湖が再生へ知見を提示することに期待は大きい。
琵琶湖では一九七二年から二十五年にわたり、湖岸堤や堰(せき)を設けて琵琶湖全体を「ダム化」する琵琶湖総合開発が国主導で進められた。約二兆円がつぎ込まれた大事業は湖と周辺の田んぼのつながりを遮り、漁獲の減少など環境破壊の一因とも言われた。
十八年を経て、再び国が琵琶湖に着目。一転して「再生」を求めている。成果と反省、どちらも大きかったとされる総合開発の経験を踏まえた県には、他の道しるべとなるような、きめ細かな計画づくりと実践が求められている。