治山対策の展開
(山地災害への対応)
我が国の国土は、地形が急峻かつ地質が脆(ぜい)弱であることに加え、前線や台風に伴う豪雨等が頻発することから、毎年、各地で多くの山地災害が発生している。
平成26(2014)年は、7月には「台風第8号」及び梅雨前線により、長野県や山形県等を中心に記録的な大雨となった。8月には「平成26年8月豪雨」により、北海道、兵庫県、広島県、高知県等を中心に記録的な大雨となり、高知県安芸郡(あきぐん)馬路村(うまじむら)魚梁瀬(やなせ)では最大24時間降水量862mmを記録した(事例 II -5)。また、同10月の「台風第18号」では、静岡県等を中心に暴風雨となり、静岡県の天城山(あまぎさん)では最大24時間降水量425.5mmを記録した。これらの大雨等により、大規模な山腹崩壊等が多数発生し、平成26(2014)年の山地災害による被害は約526億円に及んだ(資料 II -21)。林野庁では、山地災害が発生した場合には、被災県等と連携して、被害状況の調査や二次災害の防止など、初動時の迅速な対応に努めるとともに、早期復旧に向けて災害復旧事業の実施等に取り組んでいる(*57)。
近年、短時間強雨の発生頻度が増加傾向にあることに加え、地球温暖化に伴う気候変動により大雨の発生頻度が更に増加するおそれが高いことが指摘されており(*58)、今後、山地災害の発生リスクが一層高まることが懸念されている。このため、山地災害等の被害を防止・軽減する事前防災・減災の考え方に立ち、集落等に近接する山地災害危険地区(*59)や重要な水源地域等において、保安林の積極的な指定、治山施設の設置や機能強化を含む長寿命化対策、荒廃森林の整備、海岸防災林の整備等を推進するなど、総合的な治山対策により地域の安全・安心の確保を図る「緑の国土強靱(じん)化」を推進することとしている。
事例II−5 平成26(2014)年8月の兵庫県の豪雨災害における治山施設の効果
平成26(2014)年8月16日から17日にかけて、停滞する前線に湿った空気が流れ込んだ影響で、近畿、北陸、東海地方等で豪雨に見舞われた。
この大雨により、林野関係では、兵庫県で、林地荒廃45か所、林道施設被害61か所など甚大な被害が発生した。
特に甚大な被害が発生した丹波市(たんばし)市島町(いちじまちょう)中竹田(なかたけだ)地区において、兵庫県が整備した治山ダム(平成23(2011)年度施工)が渓床や山脚を固定し、渓床勾配を緩和していたことにより、渓岸侵食や流木の流出が抑制された。この結果、山地災害による下流集落への被害が軽減された。
(*57)トピックス(5ページ)参照。
(*58)IPCC第5次評価報告書による。IPCCについては、85ページを参照。
(*59)平成24(2012)年12月末現在、全国で合計18万4千か所が調査・選定され、市町村へ周知されている。
(治山事業の実施)
国及び都道府県は、安全で安心して暮らせる国土づくり、豊かな水を育む森林づくりを推進するため、「森林整備保全事業計画」に基づき、山地災害の防止、水源の涵(かん)養、生活環境の保全等の森林の持つ公益的機能の確保が特に必要な保安林等において、治山施設の設置や機能の低下した森林の整備等を行う治山事業を実施している。平成26(2014)年6月には「国土強靱(じん)化基本計画(*60)」が策定され、国土保全分野等の国土強靱(じん)化の推進方針として、治山施設の整備等のハード対策と地域におけるソフト対策との連携を通じた総合的な対策を進めることなどの治山事業の推進が位置付けられた。
治山事業は、「森林法」で規定される保安施設事業と、「地すべり等防止法」で規定される地すべり防止工事に関する事業に大別される。保安施設事業では、山腹斜面の安定化や荒廃した渓流の復旧整備等のため、施設の設置や治山ダムの嵩上げ等の機能強化、森林の整備等を行っている。例えば、治山ダムを設置して荒廃した渓流を復旧する「渓間工」、崩壊した斜面の安定を図り森林を再生する「山腹工」等を実施しているほか、火山地域においても荒廃地の復旧整備等を実施している。地すべり防止工事では、地すべりの発生因子を除去・軽減する「抑制工」や地すべりを直接抑える「抑止工」を実施している(事例 II -6)。
また、地域における避難体制の整備等のソフト対策と連携した取組として、山地災害危険地区を地図情報として住民に提供するとともに、土石流、泥流や地すべり等の発生を監視・観測する機器や雨量計等の整備を行っている。
事例II−6 平成16(2004)年の「新潟県中越地震」による被害と治山事業による復旧
平成16(2004)年10月の「新潟県中越地震」では、旧北魚沼郡(きたうおぬまぐん)川口町(かわぐちまち)(現長岡市(ながおかし))の震度7を最大として、小千谷市(おぢやし)、旧古志郡(こしぐん)山古志村(やまこしむら)(現長岡市)、旧刈羽郡(かりわぐん)小国町(おぐにまち)(現長岡市)で震度6強を観測した。これにより、各地で大規模な地すべりや斜面崩壊による土砂災害が発生した。
このため、林野庁では新潟県の要請を受け、平成17(2005)年度から直轄地すべり防止事業注に着手した。地すべりの要因となる地下水を排除する集水井工(しゅうすいせいこう)(抑制工の一種)や、杭を挿入し地すべりを抑える杭工(抑止工の一種)等を計画的に実施し、平成26(2014)年度までに工事を完成させ、事業を終了した。
注:地すべり防止工事は、通常は都道府県知事が行うが、工事の規模が著しく大きいなどの場合で、当該工事が国土の保全上特に重要なものであると認められる時には、国が直轄で行うことになっている。
資料:林野庁関東森林管理局中越森林管理署「中越地区直轄地すべり防止事業10年の歩み~里山の復旧に向けて~」
(*60)「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱化基本法」(平成25年法律第95号)第10条第1項に基づく計画で、国土強靱化に係る国の他の計画等の指針となるもの。
(海岸防災林の整備)
我が国は、周囲を海に囲まれており、海岸線の全長は約3.4万kmに及び、各地の海岸では、潮害や季節風等による飛砂や風害等の海岸特有の被害が頻発してきた。このような被害を防ぐため、先人たちは、潮風等に耐性があり、根張りが良く、高く成長するマツ類を主体とする海岸防災林を造成してきた。これらの海岸防災林は、潮害、飛砂及び風害の防備等の災害防止機能の発揮を通じ、地域の暮らしと産業の保全に重要な役割を果たしているほか、白砂青松(はくしゃせいしょう)の美しい景観を提供するなど人々の憩いの場ともなっている。
このような中、東日本大震災で、海岸防災林が一定の津波被害の軽減効果を発揮したことが確認されたことを踏まえ、平成24(2012)年7月に内閣府の「中央防災会議」が決定・公表した「防災対策推進検討会議最終報告」、同会議の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」と「津波避難対策検討ワーキンググループ」の報告の中で、海岸防災林の整備は、津波に対するハード・ソフト施策を組み合わせた「多重防御」の一つとして位置付けられた(*61)。
これらの報告や林野庁により開催された「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」が示した方針(*62)を踏まえ、林野庁では都道府県等と連携しつつ、東日本大震災により被災した海岸防災林の復旧・再生を進めるとともに、全国で飛砂害、風害及び潮害の防備等を目的として、海岸防災林の整備・保全を進めている(*63)。
(*61)中央防災会議防災対策推進検討会議「防災対策推進検討会議最終報告」(平成24(2012)年7月31日)、中央防災会議防災対策推進検討会議南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ「南海トラフ巨大地震対策について(最終報告)」(平成25(2013)年5月28日)、中央防災会議防災対策推進検討会議津波避難対策検討ワーキンググループ「津波避難対策検討ワーキンググループ報告」(平成24(2012)年7月18日)
(*62)林野庁プレスリリース「今後における海岸防災林の再生について」(平成24(2012)年2月1日付け)
(*63)東日本大震災により被災した海岸防災林の再生については、第 VI 章(192-195ページ)参照。