今日は3.11の命日です。
犠牲になった多くの人に祈りを捧げます。
本日で、2011・3・11から、1年8ヶ月。
この、数字を見るたびに、思います。
こんなに、多くの人が一瞬にして亡くなった事実。
犠牲になった多くの人に祈りを捧げます。
本日で、2011・3・11から、1年8ヶ月。
東日本大震災の被害状況 (2012年11月7日現在、警察庁まとめ)
全 国 | 岩手県 | 宮城県 | 福島県 | |
死 者 | 1万5873人 | 4671人 | 9530人 | 1606人 |
行方不明 | 2768人 | 1194人 | 1359人 | 211人 |
この、数字を見るたびに、思います。
こんなに、多くの人が一瞬にして亡くなった事実。
そして、更にこれとは別に「震災関連死」の2300人以上(9月8日認定)の死者がプラスになります。ドンドン増え続けています。
なのに・・・。なのに・・・・。
なのに・・・。なのに・・・・。
日本国家は、「無政府状態」。
非常に悔しい。非常に痛ましい。非常に理不尽。不条理。
僕らは、そんな社会に生きてる現実です。
僕らは、そんな社会に生きてる現実です。
僕は無力です・・。
自分に出来る事は、2011の3.11からブログやFacebookでほぼ毎日、画像を沢山使い、記事をアップしてることぐらいです。ネットで被災地の現状を伝える事ぐらいしか出来ないのです。
自分に出来る事は、2011の3.11からブログやFacebookでほぼ毎日、画像を沢山使い、記事をアップしてることぐらいです。ネットで被災地の現状を伝える事ぐらいしか出来ないのです。
これまで、福島までは行っていませんが、宮城から岩手・。昨年、3度行ってきました。
撮影した画像は、軽く1万枚を超えていると想います。
(外付けHDに、保存はしていますが、このファイルにどんな画像が・・・?PCのマイピクチャーでも、同じような感じで、イメージした想いの写真を見つけるのも、老化が進んでるためか・・。時間がかかる時があります。)
自分自身、PTSDを患っていて、実際に書きたくない時もあります。
自分自身、PTSDを患っていて、実際に書きたくない時もあります。
そのような時は、無理はしないことには、してますが・・。
どうも、最近は、沖に出られない日々が続いて、習慣となってしまい書いてる感じです。
どうも、最近は、沖に出られない日々が続いて、習慣となってしまい書いてる感じです。
無力であっても、僕の願いは「風化させたくない・・。」そんな、想いで今はアップしています。
何度も言いますが、被災地は、政府の対応の遅さが影響して・・・。
「福島原発事故の収束していません。宮城、岩手の被災地はほとんど復興していません」それが現実です。それどこか、時間の経過と共に被災者の心は、むしろ、悪化してると感じます。
「福島原発事故の収束していません。宮城、岩手の被災地はほとんど復興していません」それが現実です。それどこか、時間の経過と共に被災者の心は、むしろ、悪化してると感じます。
昨日、ローカル放送で
多くの職員を亡くした大槌町庁舎、陸前高田市の体育館、学校など外40施設を取り壊すかどうか・?というような、報道をしていましたが・・。被災者の、意見は二つに割れているようです。
●「3.11の事を後世に残して、このような悲惨な事があったのを伝承すべき」という意見。
●「この悲惨な壊れた、建物を見るとあの日と亡くなった人を思い出しすのでなくして欲しい」という意見。
●「3.11の事を後世に残して、このような悲惨な事があったのを伝承すべき」という意見。
●「この悲惨な壊れた、建物を見るとあの日と亡くなった人を思い出しすのでなくして欲しい」という意見。
行政の本音は、恐らく、「復興計画の青写真のように復興をすすめるのであれば、全て取り壊して復興の妨げになってる建物や船などは、壊して更地にしたい」と思ってるはずです。
まあ、最終的には地元の人々が当然、民主的に決めることですが・・。
■僕が、思ったのはどちらの言い分も理解できます。
ただ、「まだ、復興に向けて、このような経過か・・・。」と感じました。
■僕が、思ったのはどちらの言い分も理解できます。
ただ、「まだ、復興に向けて、このような経過か・・・。」と感じました。
仮に、壊すとなると、また大量の瓦礫が発生しますし・・また、思いもよらぬ、ハードルが出てくるのは必至です。
この放送を見て、「1年8ヶ月して、このような状態。復興はまだまだだなあ・・。」
この放送を見て、「1年8ヶ月して、このような状態。復興はまだまだだなあ・・。」
と再認識した感じでした。
もう、最近はメデイアの報道もメッキリ減っています。
たまに、報道してるかと思うと・・。
例えば、仮設商店街が賑わってる。魚市場に魚が上がってる。塩害の畑から野菜が収穫された。などなど、「いかにも復興してるようなことばかり取り上げています」
あれは、極、極、一部の事であり、全体的なことから見れば、小さなホンの一部の事。
被災地の現実は全く、違います。実際に、被災地を見ていただければ、一番わかるでしょう。
福島原発事故での、政府の隠したいことは報道しないと同じようなものですね。
日本のメデイアは、僕が思うに、戦前、戦後。変化していないように思います。
戦中は、「大本営発表」で国民は騙され続けて、敗戦しました。
民主的に見える日本も、メデイアのあり方を含めて、憲法の三権分立までが、最近は歪んでるように感じます。まあ、この論は後に譲ることにします。
さて、無駄な話は止めにして・・・・。
戦中は、「大本営発表」で国民は騙され続けて、敗戦しました。
民主的に見える日本も、メデイアのあり方を含めて、憲法の三権分立までが、最近は歪んでるように感じます。まあ、この論は後に譲ることにします。
さて、無駄な話は止めにして・・・・。
もう一度、あの3.11の時点に戻って見る事にしたいと思います。
今日は、1年半前のあの惨事の原点にを振り返りたいと想いました。
3.11の大津波、その直後の写真をアップしたいとおもいます。
↓↓宮城、岩手の2011・3・11の時、直後の画像です。
↓↓は地元の田野畑村の3.11直後の画像です。
時間の許す方は、是非、3.11を思い出
して欲しいと、願っています。
14時46分には・・。黙祷を捧げます。